忘れ物
「──やっべ」
見事に寝過ごした。
アラームを止めた記憶がない。
というか、昨晩アラームを設定した記憶もない。
枕元の時計を見てみると、起床予定時間を1時間ちょい過ぎている。
──終わった。
1日が始まったばかりだというのに、気持ちの面ではもう終わってしまった。
体は動きたくないのに、脳は急げ急げとフル回転している。
起きてすぐのトイレ、歯磨き、コップ1杯の水。そんなルーティンをこなしている余裕はない。
朝食をとるか、シャワーを浴びるか。
時間的に片方しかやる余裕がない。
昨晩は仕事から帰って、適当に夕食をとって、そのまま寝たから汗臭さを感じる。
朝食は我慢してシャワーを浴びよう。
シャワーもRTAだ。
いかに早く、効率よくを目指す。
頭を洗ったら流さずにそのまま体を洗う。
そして一気に流す。
丁寧に洗うのは明日でいい。今日は汗臭さがとれればそれでいい。
体を拭き、急いで着替え、ドライヤーで程々に乾かす。あとは自然乾燥に任せるのみ。
荷物を持ち、靴を履き、玄関を開け、
「──あっ」
と声を上げて中に戻る。
玄関の棚に置いているフルフェイス型のガスマスクを装着する。
そして改めて玄関を出た。
突如として発生したウイルスが世界中を覆い、およそ2年の時が経った。
何十年も前にウイルスが流行った際は不織布マスクが推奨されていたけれど、2年前に流行りだしたウイルスはそんな物では防げない。
フルフェイス型のガスマスク。
現在どこの国でも外に出るならこれを装着しなければ命にかかわる。
「いつになったら収まるのかな」
そう呟きつつ玄関に鍵を掛け、仕事に遅刻しないように走り出した。
街のあらゆる所から、しゅこーしゅこー、という呼吸音が鳴り響く。
そんな異様な世界でも、仕事に追われる日々は変わらない──
ガスマスク、忘れちゃダメですよ。




