僕の眼がひとつ足りない
本作をお目に留めていただき、ありがとうございます。
夏の強い日差しと蝉時雨の裏側に潜む、静かな恐怖を描いた物語です。片方の目を失った主人公と、その「暗闇」に棲みついた異形のもの。
ジメジメとした湿度の高い恐怖感を、どうぞ最後までお楽しみください。
※ご注意 > 体内侵食や人体に関する怪異表現が含まれます。苦手な方はご注意ください
セミの鳴き声が、耳の奥でびりびりと鼓膜を振るわせる。カンカンと照りつける太陽の下、僕は右目だけを細めて影を踏み歩いていた。
あの日以来、僕の左目の視界は真っ黒なままだ。眼科医は原因不明と首をかしげたが、失われたのは視力だけではない。左側から届く「音」まで、どこか異様に歪んで聞こえるのだ。
ジリジリ、ジリジリ。右耳にはいつも通りの夏ゼミの合唱。しかし、聞こえないはずの左耳からは、ねっとりと湿った異音が鼓膜へ直に響いてくる。
――ズズ……ヌチャ……。
まるで、何かドロドロとしたものが地這うような音。気味が悪くなり、左側の空気を手で払おうとした瞬間、冷や汗が吹き出した。
(違う。音が外から聞こえてるんじゃない)
左の眼帯の奥、空っぽのはずの眼窩の底で、その音は蠢いていた。夏の暑さに浮かれた「何か」が、足りない僕の目を巣にして、内側から鳴いている。
「ねえ、そっちはよく見える?」
左の奥底から湿った声が響いたとき、僕の右目から一筋の涙がこぼれ落ちた。
読者の皆様、最後までお読みいただきありがとうございました。
夏の眩しさの裏側にある「湿った暗闇」や、片目を侵食されていく静かな恐怖感を少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
また別の物語でお会いできることを楽しみにしています。




