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勇者の孫は、職探しに苦労している。  作者: 平木明日香
第1章 25歳、無職。
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第5話 帰り道の考えごと



職業ギルドを出たあと、俺はそのまま町の通りを歩いていた。


昼過ぎの時間帯で、通りにはそこそこ人がいる。商人が店先で客を呼び込み、荷車を押す運送屋の兄ちゃんが忙しそうに道を横切り、露店では焼いた肉の匂いが漂っている。いつもと変わらない町の風景だ。平和そのものと言えばそうなんだけど、今日はなんとなく、その景色をぼんやり眺めながら歩いていた。


頭の中では、さっき職業ギルドで見た求人票のことがぐるぐる回っている。


物流会社。


魔導機械工房。


建設会社。


小さな商会。


応募できそうなところはいくつか見つけたし、受付の人にも紹介状の手続きはしてもらった。だから、今日やるべきことは一応ちゃんとやったはずだ。あとは書類を整えて企業に提出して、向こうから連絡が来るのを待つだけ。


……なんだけど。


歩きながら、ふと考える。


そもそも俺は――


一体、何がしたいんだろうか。


そんなことを今さら考え始めるあたり、我ながら遅すぎる気もする。普通はもっと早い段階で考えることなんじゃないだろうか。学生の頃とか、進路を決めるときとか、そういうタイミングで。


でも正直なところ、俺は学生時代、そんなことをほとんど考えていなかった。


同級生のやつらと遊んでばかりだったし、放課後になれば誰かの家に集まってくだらない話をして、休みの日になれば街に出て遊び回っていた。あの頃はそれが楽しくて仕方なかったし、そんな日々がずっと続くんじゃないかと、どこか本気で思っていた気がする。


勉強なんてできなくても、なんとかなる。


そんな楽観的な考えばかりが頭の中にはあった。


いや、もちろん学校の先生は色々言っていた。


「将来のことを考えなさい」とか、「進路は早めに決めておいた方がいい」とか、「今の努力が将来につながる」とか。


そういう話は何度も聞いた。


でも当時の俺は、それを真面目に受け取っていなかった。なんとなく聞き流して、「まあそのうち何とかなるだろう」くらいに思っていた。実際、周りの友達も似たような感じだったし、自分だけが特別にダメなわけじゃないと思っていた。


……いや、今思えば普通にダメだったんだけど。


子供の頃って、不思議なもので、なんでもできるような気がしていたんだ。


学校で習うことなんて、この世界のほんの一部でしかない。世の中にはまだ知らないことが山ほどあって、未来に行けばどんなことだって実現できるんじゃないか、そんなふうに思っていた。


別に具体的な計画があったわけじゃない。


ただ、なんとなく。


「将来はすごいことをするんじゃないか」


そんなぼんやりした自信が、どこかにあった。


そしてたぶん、その自信の正体は――


勇者の血筋だったんだと思う。


俺の祖父は勇者アルド。


魔王を倒して世界を救った英雄。


子供の頃は、周りの大人たちがよくその話をしていた。「勇者様のお孫さん」「きっとすごい人になる」なんて言葉を何度も聞いたし、学校でもそういう目で見られることが多かった。


だからなのかもしれない。


自分は普通の人間とはちょっと違うんじゃないかって、どこかで思っていた。


勇者の血を引いているんだから、そのうち何か大きなことをするんじゃないか。


将来はなにかでかいことをする人間になるんじゃないか。


そんな、なんの確証もない考えが、いつの間にか当たり前みたいに頭の中にあった。


今だったらわかる。


それはただの思い込みだ。


勇者の孫だからって、特別な人生が保証されているわけじゃない。剣の腕が少し良かったとしても、それだけで社会が評価してくれるわけじゃない。現実の世界はもっと具体的で、もっと地道で、もっと現実的な基準で人を判断する。


学歴。


資格。


経験。


能力。


そういうものの積み重ねで、やっと一人前として扱われる。


当たり前のことだ。


当たり前すぎるくらい、当たり前のことだ。


だから、今の俺から見れば、昔の自分は普通に――


バカだなと思う。


何の根拠もない自信を持って、将来のことを深く考えずに生きていたんだから。


だけど。


……だけどだ。


ちょっとだけ、思うこともある。


気づくのが、少し遅かったんじゃないかって。


もし高校の頃に、今みたいな考え方ができていたら、もう少し違う人生になっていたのかもしれない。ちゃんと勉強して、学術院に進んで、まともな企業に就職して――そんな普通の人生を歩いていた可能性も、もしかしたらあったのかもしれない。


もちろん、それはもう過去の話だ。


時間は戻らないし、人生をやり直すこともできない。


だから今さら後悔しても仕方ない。


わかっている。


わかってはいるんだけど。


通りの向こうに見える夕方の空を眺めながら、俺は小さく息を吐いた。


二十五歳。


社会的には、もう完全に大人だ。


でも俺の中では、まだどこかで迷っている自分がいる。


本当は何がしたいのか。


どこへ向かって生きていけばいいのか。


そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか家の近くまで来ていた。


……まあ、いい。


とりあえず今日は応募先も決めた。


あとはやることをやるだけだ。


俺は小さく肩をすくめて、家の扉に手をかけた。

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