第4話 現実と応募用紙
職業ギルドの窓口で求人冊子を眺めながら、俺はぼんやりと別のことを考えていた。
いっそ都会に出るっていうのも、選択肢としてはあるんじゃないか。
この町は悪い場所じゃない。生活するには困らないし、人もそこそこいるし、職業ギルドだってこうして機能している。ただ、仕事の種類という意味では、どうしても限界があるのも事実だ。そもそも俺が生まれたのは大都市ザルツブルグなんだから、今さら田舎町で仕事を探すこと自体、どこかズレているのかもしれない。
ザルツブルグには大企業も多いし、魔導研究所もあるし、商会の本部も集まっている。仕事の数も規模も、この町とは比べものにならない。もし本気で職を探すなら、ああいう都市に出て勝負するというのは、別におかしな考えじゃないはずだ。
……まあ。
理屈だけならな。
問題は、その先だ。
俺は自分の財布の中身を思い浮かべる。
いや、正確には財布じゃない。家の机の引き出しに入っている貯金袋だ。中身を数えたのは確か一週間前だったはずだから、数字はほとんど変わっていないはずだ。
残高、九万三千イェン。
……。
改めて思う。
恥ずかしすぎるだろ。
二十五歳にもなって、貯金が十万イェンにも満たないってどういうことだ。いや、俺だって好きでこうなったわけじゃない。バイトだってしていたし、生活費だって少しは家に入れていた。ただ、そもそもの収入が少ないうえに、長続きしないんだから貯まるわけがない。
しかも、生活費の大半は――。
婆ちゃんの年金。
母さんの給料。
つまり俺は、現在進行形で家族に養われている立場というわけだ。
うん。
これはもう、どう言い訳しても社会的にアウトだ。
「……はぁ」
思わず深いため息が出る。
現代社会のゴミってこういう状態のことを言うんじゃないだろうか。自分で自分のことをそう思うのはなかなか精神にくるものがあるけど、客観的に見ればだいたい合っている気がする。
働いていない。
貯金もない。
実家暮らし。
しかも二十五歳。
……うん、改めて並べるとかなりひどい。
「……いや、待て」
首を軽く振る。
ダメだダメだ。
こんなところで弱気になってどうする。
確かに俺の状況は、世間一般の基準から見ればかなり厳しい。でも、だからといってここで落ち込んでいても何も始まらない。むしろ今の状況で一番まずいのは、「どうせ無理だ」とか言って動かなくなることだ。
そうなったら本当に終わる。
本気で終わる。
このまま二十代が終わって、気がついたら三十歳になっていた――なんて未来は、想像するだけで怖い。今でさえ家族に肩身の狭い思いをしているのに、三十歳ニートなんて肩書きがついたら、たぶん俺はこの町を歩けなくなる。
いや、冗談じゃなく。
「……よし」
俺は小さく息を吐いて、改めて求人冊子に視線を戻した。
とにかく、なんでもいいから応募してみることだ。
この歳になって「自分が選べる理想の職場」なんて、そう簡単に見つかるわけがない。そんなのは学術院を優秀な成績で卒業した連中とか、専門資格をいくつも持っている人間の話だ。俺みたいに特別な経歴もない人間が、最初から完璧な仕事を選べるほど世の中は甘くない。
だったらもう、やることは一つだ。
腹を括って現実と向き合う。
それだけだ。
俺は求人リストのページをめくりながら、気になった企業の欄に指を止めていく。
まず目についたのは、物流会社の管理補助。
仕事内容は、荷物の仕分けや配送の調整、倉庫内の管理業務らしい。特別な資格は不要で、体力があれば問題ないと書かれている。前にやっていた荷運びのバイトと少し近い業種だから、もしかしたら経験として評価されるかもしれない。
次に見つけたのは、魔導機械工房の作業補助。
魔導機械の整備や部品の組み立てを手伝う仕事らしい。専門的な技術は入社後に教えると書かれているから、未経験でも可能らしい。ただし機械いじりが好きな人歓迎、とある。正直そこまで詳しくはないけど、魔導機械を見るのは嫌いじゃない。
それから、建築会社の現場作業員。
建設現場での作業補助、資材の運搬、工具の管理など。体力仕事だが、給与は比較的安定していると書いてある。まあ、肉体労働にはそれなりに自信がある。
さらにページをめくると、小さな商会の営業補助なんて仕事もあった。商品管理や取引先との連絡業務を担当するらしい。営業なんてやったことないけど、経験不問と書いてある。
俺はそのいくつかの求人に、そっと印をつけた。
気づけば、五つほど候補ができていた。
多いのか少ないのかはよくわからない。
でも、とりあえず応募できそうなところは見つかった。
「……まあ、こんなもんか」
小さく呟く。
理想の仕事ではないかもしれない。
でも、最初の一歩としては悪くないはずだ。
俺は冊子を閉じ、窓口の女性に向き直った。
勇者の孫。
二十五歳、無職。
その俺が、ようやく――
人生で初めてまともに就職活動を始めようとしていた。




