第2話 職業ギルド
職業ギルドという場所に足を運ぶのは、これで二度目になる。とはいえ、前回来たときは「仕事を探しに来た」というより、半ば見学みたいなものだった。あのときは何もかもが初めてで、受付で求職者登録をするところから始まり、書類を書いて、窓口を回されて、また別の窓口に呼ばれて、紹介状を作るための手続きだの何だのと説明を受けているうちに、気づけば半日以上が過ぎていた。正直なところ、あれはなかなか骨の折れる作業だった。
求職者登録申請書に始まり、身分証明、職歴記録、技能証明、魔法適性の有無、過去の研修歴、希望職種、勤務地、勤務形態――とにかく細かく聞かれることが多い。俺の人生はそこまで充実した経歴で構成されていないので、書けるところと書けないところの差があまりにも激しく、途中でだんだん書くのが面倒になってしまった記憶がある。結局その日は紹介状を作るところまで話が進んだものの、そのあと改めて企業へ提出する書類を整える必要があると言われ、なんとなく気持ちが萎えてしまった。
それから数日後、街の掲示板に貼ってあった求人広告を見て、俺は別の場所でアルバイトを始めた。倉庫で荷物を運ぶ仕事だった。重い木箱を運ぶ単純作業で、体力的にはそれほど問題なかったが、単純作業というのは案外人間のやる気を削るもので、三ヶ月ほど働いたあたりで「このままここに居続ける未来」がどうしても想像できなくなり、結局その仕事も長続きはしなかった。
そんなわけで、半年ほど経った今、俺は再び職業ギルドの前に立っている。
この町の職業ギルドは中央広場に面して建てられている三階建ての石造建築で、地方支部とはいえそれなりの規模を誇っている。建物の正面には王国の紋章が掲げられ、その下に《王国職能ギルド地方支部》と刻まれた金属の看板が取り付けられている。外壁の石は古くから使われているものだが、丁寧に補修されているのか欠けや崩れはほとんど見当たらない。入口の扉は厚い木材で作られていて、金具の装飾も重厚だ。この町の行政機関の中では、比較的立派な建物の部類に入るだろう。
中へ入ると、広いロビーがあり、石畳の床と高い天井が空間をゆったりと見せている。受付窓口は正面に横長に設けられており、その前には求職者が並ぶための簡易的な柵が置かれている。右側には掲示板の壁があり、そこにはびっしりと求人票が貼られている。左側には待合スペースがあり、木製の長椅子がいくつも並んでいる。さらに奥へ進めば面談室や書類作成室、職業相談窓口などがあるらしい。施設としてはかなりしっかりしていて、ただの紹介所というより、労働行政の小さな拠点のような印象を受ける。
そして何より目につくのは、人の多さだった。
ロビーの椅子にはすでに多くの人が座っている。若い者もいれば、中年層もいる。服装もさまざまで、作業着のまま来ている人もいれば、きちんとした外套を着ている人もいるし、商人風の格好をした人もいる。つまり事情は人それぞれで、この場所には俺と同じように職を探している人が五万といるわけだ。
昔、学校で習ったことをふと思い出す。
「現代社会は企業社会です」
あのときは何を言っているのかよくわからなかったが、今ならなんとなく理解できる気がする。街を歩けば、仕事の種類は本当に多い。商会、魔導工房、運送業、金融組合、建築会社、薬品会社、印刷会社、研究機関――魔法と産業が結びついたことで、新しい仕事が次々と生まれている。国は発展し、都市は拡張し、人々はそれぞれの役割を持って働いている。戦争の時代が終わり、経済の時代が始まったという話は、どうやら本当らしい。
それなのに、俺はこうして職業ギルドの椅子に座っている。
窓の外を見れば、通りでは荷車が行き交い、商人が声を張り上げ、職人たちが忙しそうに店を開けている。街は活気に満ちている。きっと今頃、俺の同級生たちもそれぞれの場所で働いているんだろう。商会に就職したやつもいれば、魔導技師になったやつもいるかもしれないし、研究者を目指して都市の学院へ進んだやつもいたはずだ。みんな、それぞれの夢や目標に向かって歩いているのだろうと思うと、なんとなく胸の奥がむず痒くなる。
もっとも、俺の人生には少し事情がある。
俺が生まれたのは、大陸でも屈指の大都市ザルツブルグだった。巨大な城壁に囲まれた都市国家で、王国の経済と文化の中心地として知られている場所だ。魔導研究所や大商会の本部が集まり、人口も桁違いに多い。勇者アルド――つまり俺の祖父も、晩年はその都市で暮らしていた。
だから一応、俺は都会育ちということになる。
ただし、それも昔の話だ。父親の事業が失敗し、莫大な借金を抱え、家族はばらばらになり、俺と母さんは母方の実家があるこの町へ引っ越してきた。ザルツブルグに比べれば、この町はずいぶん小さい。とはいえ極端な田舎というわけでもなく、街道が通り、商人も行き交い、こうして職業ギルドの支部も置かれている程度には栄えている。
生活するには、困らない町だ。
ただ――。
受付の声がロビーに響いた。
「次の方どうぞ」
どうやら、俺の順番らしい。
俺はゆっくりと立ち上がり、窓口のほうへ歩き出した。さて、勇者の孫である俺が、この平和すぎる世界で一体どんな仕事にありつけるのか。正直なところあまり自信はないが、とりあえず話だけでも聞いてみるしかないだろう。




