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勇者の孫は、職探しに苦労している。  作者: 平木明日香
第1章 25歳、無職。
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プロローグ



遠い昔――といっても、今からわずか半世紀ほど前のことである。


世界は、闇に覆われていた。


それは夜の闇などという生ぬるいものではない。

人の営みそのものを飲み込む、底知れぬ絶望の闇だった。


北方の黒き大陸に突如として現れた魔族の軍勢は、嵐のような勢いで各地へ侵攻した。人間、獣人、エルフ、ドワーフ――種族の違いなど関係なく、すべての文明がその脅威に晒されたのである。


魔族は強かった。


それまで人類が誇ってきた剣術も、魔法も、軍略も、ほとんど意味をなさなかった。

城壁は破られ、王国は滅び、豊かな都市は炎に包まれた。


村が一つ消えるなど、誰も驚かなくなっていた。


夜になると、人々は祈るようにして扉を閉めた。

朝になれば、隣町が地図から消えているかもしれない。

そんな時代だった。


やがて人々は口にするようになる。


――この世界は、もう終わるのではないか。


魔族の軍勢を率いていたのは、魔王と呼ばれる存在だった。

その姿を実際に見た者はほとんどいない。だが、その名だけで国が震え上がった。


魔王はただの王ではない。

それは災厄そのものだった。


嵐を呼び、山を砕き、大地を焼き払う。

数千の兵で守られた城すら、一夜で消し飛ばす力を持つとさえ言われていた。


各国は連合軍を結成した。

歴史上初めてと言っていいほどの大同盟だった。


だが、結果は惨敗。


人類は魔王に届かなかった。


それでも、世界は完全に滅びなかった。


なぜなら――

一人の男が現れたからだ。


その男の名は、アルド。


後に「勇者」と呼ばれる人物である。


当時、彼はまだ二十歳そこそこの若者だったと言われている。

どこの国の貴族でもなく、特別な血筋でもない。地方の小さな村で育った、ごく普通の青年だった。


だが、ある日彼は聖剣に選ばれた。


伝説によれば、世界の均衡が崩れたとき、聖剣はそれを正す者を選ぶという。


アルドがその柄を握った瞬間、剣は光を放った。


それがすべての始まりだった。


彼は旅に出た。


仲間を集め、魔族の軍勢と戦いながら、世界を巡った。


王国を救い、街を守り、何度も命を落としかけた。

それでも彼は歩みを止めなかった。


やがてその名は、希望の象徴となった。


「勇者が来る」


その言葉だけで、人々は再び立ち上がった。


そして――


魔王城決戦。


人類史上最大の戦いが始まった。


空は裂け、雷が落ち、山が崩れた。

魔王の魔力は大地を歪ませ、空気すら震わせたという。


それでも勇者アルドは退かなかった。


仲間たちとともに魔王城の最深部へ進み、ついに魔王と対峙した。


戦いは三日三晩続いたと言われている。


剣が折れ、鎧が砕け、城そのものが崩れ落ちるほどの激戦だった。


そして最後に――


勇者は聖剣を振り下ろした。


魔王は滅びた。


その瞬間、世界を覆っていた闇は終わった。


魔族の軍勢は崩壊し、各地の戦争は終結した。

人々は歓喜し、涙を流し、空を見上げた。


長い長い戦争が、ついに終わったのだ。


その日から、勇者アルドは伝説になった。


彼の功績は歴史書に刻まれ、詩人は歌を作り、子供たちは英雄譚を聞いて育った。


王国は復興し、都市は再建され、街道は再び賑わった。


世界は平和を取り戻した。


魔王討伐から十年。

二十年。

三十年。


やがて人々は気づき始める。


魔族の脅威は、もう存在しない。


五十年が経つころには、それは完全に「歴史」になっていた。


魔王。

魔族。

勇者。


かつて世界を揺るがした言葉は、いつしか物語の中の存在へと変わっていった。


子供たちは英雄譚を笑いながら聞く。


「ほんとにそんな魔物いたの?」


「勇者って、そんなに強かったの?」


大人たちは肩をすくめて答える。


「昔の話さ」


世界は変わった。


戦いの時代は終わり、経済の時代が始まった。

商人は国境を越え、魔法は産業に使われ、都市はかつてないほど発展していく。


社会が求めるものも変わった。


勇気よりも学歴。

剣の腕より資格。

英雄より、安定した職業。


勇者などという存在は、もはや必要ない。


それは遠い昔の称号だ。


歴史の中でしか輝かない、過去の肩書き。


そして――


その伝説の勇者には、子孫がいた。


勇者アルドの孫。


名を、ニコという。


彼は今、王都のとある古びた家で天井を見上げながら思っていた。


「……そろそろ働かないとなぁ」


英雄の血筋。


世界を救った男の孫。


しかし現実は――


二十五歳、無職。


勇者の伝説から半世紀。


平和になりすぎた世界で、

勇者の孫は――


職探しに苦労していた。

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