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勇者の孫は、職探しに苦労している。  作者: 平木明日香
第1章 25歳、無職。
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第13話 第一段階突破



「元々はザルツブルグに住んでたんですね?」


面接官の男性がそう言ったとき、ほんのわずかに表情が柔らいだのが分かった。それまで履歴書を見ていたときの事務的な目線ではなく、ちゃんとこちらを見て話しかけてくる感じというか、少しだけ“人として会話をするモード”に入ったような雰囲気だった。


――来たな。


心の中でそう呟くと同時に、俺は自分に言い聞かせた。


……頼むからポカすんじゃねーぞ俺。


ここからは大事なところだ。


さっきの志望動機よりも、もしかしたら重要かもしれない。経歴に関する質問は、そのまま人間性の判断に直結する。変な答え方をすれば一発で「こいつ大丈夫か?」と思われるし、逆にうまく答えられれば印象はかなり良くなる。


つまりここは――


勝負どころ。


落ち着け。焦るな。準備はしてきただろ。


「はい。生まれも育ちもザルツブルグでして、高校を卒業するまではずっとあちらで生活していました」


まずは事実から入る。余計なことは言わず、声のトーンも一定に保つ。面接官は軽く頷きながら続きを待っている。


その流れを崩さないように、次の言葉をつなぐ。


「その後、家の事情でベルンハイムに移ることになりまして……」


“家の事情”という言葉は少し曖昧だが、あえてそうしている。全部を一度に話すより、相手の反応を見ながら出した方がいい。


案の定、面接官は穏やかな調子で問い返してきた。


「家の事情、というと?」


ここでカードを切る。


「両親が離婚しまして、それで母と一緒にこちらに引っ越してきた形になります」


淡々と、でも冷たくならない程度の温度で言う。面接官は「ああ、なるほど」と頷き、特に違和感を持った様子はない。


……よし、流れは悪くない。


むしろ少し話しやすくなった気がする。


「ザルツブルグではお仕事はされていたんですか?」


続く質問にも、間を空けすぎないように答える。


「はい。セントラル物流サービスという会社で、倉庫管理の補助業務を担当していました」


履歴書と同じ内容を、そのまま自然に出す。ここで余計なことを付け足さないのが大事だ。


「引っ越しを機に退職された、ということですか?」


この質問には、一瞬だけ考える素振りを見せてから答える。


「はい。引っ越しと家庭の状況が重なりまして、継続が難しくなったため、退職という形になりました」


言い訳がましくならないように、簡潔にまとめる。面接官は再び頷き、その表情はさっきよりも少し柔らいでいるように見えた。


ここでようやく、少しだけ手応えを感じる。


その後も会話は途切れることなく続き、ベルンハイムに来てからの仕事について聞かれた際には、短期の仕事やアルバイトを中心に経験してきたことを説明しながら、農産物市場での荷運びや建設現場での補助作業など、具体的な内容を交えて答えていく。期間については触れず、あくまで「経験」としてまとめることで、余計な突っ込みどころを増やさないように意識した…つもりだ。


さらに体力についての質問には迷わず肯定し、「現場作業にも抵抗はありませんし、継続して取り組む意識もあります」と付け加えることで、少なくとも働く意欲は伝わるようにした。


気づけば、最初に感じていた重たい空気はかなり薄れていた。会話の流れも自然で、無理に言葉を探す感覚もない。


そのまま面接官は軽く姿勢を整え、机の上に置いていた資料の束を一枚めくりながら、今度は少し視点を変えるように問いかけてきた。


「では、具体的な業務について少し説明させていただきますね」


そう言って差し出された資料には、ベルンハイム物流の業務内容が簡単にまとめられていた。倉庫内での荷受けや仕分け作業だけでなく、街道輸送のスケジュール管理や、商会とのやり取りなども含まれているらしい。


「うちはご覧の通り、倉庫業務と輸送業務の両方を扱っています。最初は現場での作業が中心になりますが、慣れてきたら徐々に管理業務の方にも関わっていただく形になります」


説明を聞きながら、俺は何度か頷く。


ただの力仕事じゃない、っていうのは求人票に書いてあった通りだ。とはいえ、実際に話を聞くと想像していたよりも範囲が広い。


……いや、広くないと逆に困るか。


ずっと同じ作業だけってのも、それはそれでキツい。


「勤務時間は基本的に朝が早くなります。街道便の出発があるので、日によっては日の出前に出勤していただくこともありますが、その点は問題なさそうですか?」


ここで俺は一瞬だけ、過去の自分を思い出す。


朝起きられなくて五日で辞めたあの頃の自分が、脳内でめちゃくちゃ嫌な顔をしている。


……いや、お前は黙ってろ。


今は別人だ。


「はい、大丈夫です」


間を置かずに答える。


多少の見栄は張っている自覚はあるけど、ここで「ちょっと自信ないです」とか言うわけにもいかない。


面接官は軽く頷いてから、さらに続ける。


「現場はチームで動くことが多いので、周りと連携しながら作業する場面が多くなります。そのあたりは問題なさそうですか?」


「はい。これまでの仕事でも複数人での作業は多かったので、その点は問題ないと思います」


これは本当だ。


むしろ一人でやる仕事の方が少なかった。


「そうですか」


短く返しながらも、面接官はどこか納得したような表情を見せる。


その反応を見て、俺の中で少しだけ余裕が生まれる。


会話の流れが、ちゃんと噛み合っている。


無理に取り繕ってる感じもないし、変に詰まることもない。


少なくとも、さっきまでみたいな「一言間違えたら終わる」みたいな緊張感は、もうほとんど残っていなかった。


それからいくつか細かい確認が続いた。


通勤手段のこと。


勤務開始の希望時期。


体調面の問題がないかどうか。


どれも難しい質問ではないが、こういう基本的な部分で変な答えをすると一気に印象が崩れるのは分かっているから、気を抜かずに一つ一つ丁寧に答えていく。


途中、面接官が軽く笑いながら「この辺りの仕事は慣れるまで大変かもしれませんけどね」と言ったときには、俺も少しだけ笑って「そうですね、覚えることは多そうです」と返すことができて、そのやり取りが妙に自然だったことに内心で少し驚いた。


……あれ、俺、ちゃんと会話できてるな。


そんな当たり前のことを、今さらながら実感する。


面接ってもっと一方的に質問されるものだと思っていたけど、こうしてみるとちゃんと“会話”になってるし、想像してたよりもずっと柔らかい。


それに気づいた瞬間、肩の力がすっと抜けた。


無理に良く見せようとしなくてもいい。


変に取り繕わなくてもいい。


普通に答えればいい。


そして、面接は思っていたよりあっさりと終わった。


「では、本日の面接は以上になります」


その言葉を聞いた瞬間、体の奥に溜まっていた緊張が一気に抜ける。


「結果については、後日ご連絡いたします」


「はい、よろしくお願いします」


椅子から立ち上がり、頭を下げる動作も最初よりはずっと自然にできた気がしていた。


事務所を出て外に出ると、倉庫街の音が一気に戻ってくる。荷物を運ぶ音や人の声が現実を引き戻す中で、俺はようやく大きく息を吐いた。


思ったより、ちゃんとできた。


そう思えた瞬間、胸の奥にじんわりとした感覚が広がっていく。


誰も見ていないのを確認してから、俺は小さく拳を握る。


「……よし」


控えめに、でも確かに。


――ガッツポーズを決めた。


とりあえず一社。


一社は、ちゃんとやれたぞ。


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