第12話 志望動機
「――では、まず一つお聞きします」
面接官の男性は、履歴書から視線をゆっくりと上げた。さっきまで紙面に落としていた視線が、そのまま真っ直ぐこちらに向けられる。その動きがやけに丁寧で無駄がなくて、逆に逃げ場がない感じがする。
「どうして、うちに応募しようと思ったんですか?」
……出た。
内心で静かに呟く。
いや、うん。知ってた。絶対来ると思ってた。
むしろこれを聞かれない面接ってなんだよってレベルの、王道中の王道。面接対策とかいうやつを一応頭の中でやってきた俺でも、「これは来る」って確信していた質問ランキング第一位だ。
志望動機。
つまり、「なんでここなの?」って話。
これをそれっぽく、かつ違和感なく説明できるかどうかがたぶん一番の勝負どころだ。
「……」
一瞬、喉の奥で言葉が引っかかる。
いや、何も考えてなかったわけじゃない。
むしろこの質問についてはかなり真面目に準備してきた。
昨日の夜、布団に入ってからも天井を見ながら「こう言うか?いや、こっちの方がいいか?」って一人で何パターンもシミュレーションしてたし、朝も家を出る前に軽く頭の中で整理した。
完璧ではないにしても、言うことは決めてある。
……決めてあるんだけど。
いざこうして目の前で聞かれると、
――急に全部リアルになる。
頭の中で練習してたときはもっとスラスラ言える気がしてたのに、実際に口に出そうとすると一つ一つの言葉がやけに重たい。選択肢が急に増えたみたいに、「これでいいのか?」って迷いが一瞬ごとに差し込んでくる。
それに。
変なことは言えない。
これが一番でかい。
正直なことを言えばいいのかもしれないけど、正直なことをそのまま言ったら多分一瞬で終わる。
「お金が欲しい」
「無職を卒業したい」
「とりあえず働かないとヤバい」
……。
うん。
そんな理由をそのまま口に出せるほど、俺はバカじゃない。
いやバカかもしれないけど、それでもそこはさすがに分かる。
だからこそ。
ここはちゃんと、“それっぽい理由”を言う場面だ。
準備してきたことをそのまま出すだけ。
俺は一度、ゆっくり息を吸ってから吐いた。
「……はい」
自分の声がほんの少しだけ硬いのがわかる。
でもまあ、震えてないだけマシだ。
「ベルンハイム物流さんに応募した理由なんですが……」
言葉を選びながら、慎重に組み立てていく。
「まず、自分はこれまで体を動かす仕事を中心に経験してきました。倉庫作業や荷物の運搬など、物流に近い仕事をしていたこともあって、その経験を活かせる職種を探していました」
……よし。
ここまでは想定通り。
履歴書とも整合性は取れてる。嘘はついてない。盛ってはいるけど、嘘ではない。たぶんセーフだ。
俺は一瞬だけ面接官の表情を確認する。
変化なし。
読めない。
完全にポーカーフェイス。
「その中で、御社の求人を拝見して、単なる力仕事だけではなく、物流の管理や調整といった業務にも関われる点に興味を持ちました」
これはわりと本音だ。
だから言いやすい。
嘘を混ぜてない部分は、やっぱり言葉がスムーズに出る。
「これまでの仕事では、与えられた作業をこなすことが中心だったんですが、今後はもう少し広い視点で仕事に関わりたいと考えるようになって……」
ここで少し間を置く。
早口にならないように。
焦ってると思われないように。
自分でブレーキをかける。
「物流という仕事は、物を運ぶだけではなく、全体の流れを管理することが重要だと思っていますし、地域の経済を支える基盤でもあると考えています」
……うん。
今の、だいぶそれっぽかったな。
自分で言ってて「お前誰だよ」って一瞬思ったけど、内容としてはちゃんとしてる。
「そういった仕事に携わることで、自分自身の経験も広げていきたいと考え、御社を志望しました」
言い切った。
最後まで止まらずに言えた。
噛んでない。
途中で「えー」とか言ってない。
よし、最低限のラインはクリア。
「……」
一瞬、部屋に静けさが戻る。
面接官は特に表情を変えず、ほんの少しだけ頷いた。
「なるほど」
短い。
めちゃくちゃ短い。
その一言だけ。
いや、もうちょっと何かくれてもよくない?
「いいですね」とか「分かりやすいですね」とか、なんかあるだろ普通。
判断材料ゼロなんだけど。
良かったのか普通なのか、それとも「まあ一応聞いたから流すか」なのか、全然わからない。
俺はそのまま姿勢を崩さず、内心で小さく息を吐いた。
とりあえず変なことは言っていない。
致命的なミスもしていないはずだ。
少なくとも、「金が欲しいです」とか「無職脱出したいです」とか、そういう本音は一切漏れていない。
そこは完璧だ。
……たぶん。
ただ。
ほんの少しだけ、引っかかる。
今言ったことは、間違いではない。
嘘でもない。
でも――
完全な本音かと言われると、ちょっと違う気もする。
物流に興味があるのは事実だ。
経験を活かしたいというのも本当だ。
でも、それ以上に。
俺はただ――
ちゃんと働ける場所を探しているだけなんじゃないか。
そんな考えが、一瞬だけ頭をよぎる。
……いや。
今それ考えるのやめろ。
面接中だぞ。
哲学タイムじゃない。
俺はその考えを無理やり押し込めて、姿勢を整えたまま視線を前に戻す。
面接は、まだ始まったばかりだ。
ここから先何を聞かれるかはわからない。
油断したら普通に終わる。
俺は気を抜かず、次の質問を待った。




