第8話 帰ってきた返事
◇
職業ギルドに応募書類を提出してから、数日が経った。
その間、俺はというと、特別なことをしていたわけでもなく、家の手伝いをしたり、町をぶらぶら歩いたり、母さんに「ちゃんと働く気あるの?」と小言を言われたりしながら、なんとなく時間を過ごしていた。正直なところ、応募した企業から本当に返事が来るのか半信半疑だったんだけど、どうやら世の中そこまで冷たいわけでもないらしい。
今、俺の机の上には、いくつかの封筒と書類が並んでいる。
全部、応募先から届いた返答だ。
「……よし」
俺は椅子に座り直して、机の上の紙を順番に並べた。
まず一つ目。
───────────────────────
ベルンハイム物流
ベルンハイム市市場区に本社を置く中規模物流企業。従業員数は約四十名。主な業務は街道輸送と倉庫管理で、周辺農村から集まる農産物や、街道交易による貨物を各地へ輸送しているらしい。求人内容は「物流管理補助」。仕事内容は荷物の仕分け、配送スケジュールの補助、倉庫管理など。
勤務時間は朝八時から夕方五時。
週休二日。
給与は……まあ、普通。
ベルンハイムの企業としては安定している方らしい。
───────────────────────
次。
───────────────────────
リュッケン魔導機械工房
新興住宅区の外れにある小規模工房。従業員は十五名ほど。主に魔導機械の整備や修理を行っているらしい。農業用魔導ポンプとか、街灯用の魔導装置とか、そういう設備のメンテナンスを請け負っているとのこと。
求人は「整備補助」。
未経験歓迎。
ただし、最初は工具の扱い方や部品の管理などを覚えるところから始めるらしい。
休日は週一。
……。
週一か。
───────────────────────
三つ目。
───────────────────────
ベルンハイム建設組合
これは企業というより、地域の建設業者が集まった組合みたいなものらしい。街道整備や住宅建設、倉庫の建築などを請け負っている。従業員数は現場によって変わるが、常時三十人ほどが働いているとのこと。
求人内容は「建設現場作業員」。
要するに現場仕事。
体力重視。
給与はこの中では一番高い。
ただし休日は不定期。
現場の進み具合によって変わるらしい。
───────────────────────
四つ目。
───────────────────────
アルデン商会 ベルンハイム支店
中央市場の近くにある中規模商会の支店。食料品や生活雑貨の卸売をしているらしい。従業員は二十五名ほど。求人は「営業補助兼事務」。
仕事内容は在庫管理、取引先との連絡、簡単な帳簿管理など。
勤務時間は九時から五時。
週休二日。
ただし、商会の仕事だから繁忙期は残業あり。
───────────────────────
俺は机の上に並べた紙を、しばらく眺めた。
うーん……。
改めてこうして見ると、全部違う仕事だ。
物流。
機械整備。
建設。
商会。
職種がバラバラすぎて、逆に判断が難しい。
それぞれに良い部分があって、それぞれに微妙な部分がある。
物流会社は安定していそうだけど、仕事は単調そうだ。
魔導機械工房は技術が身につきそうだけど、休日が少ない。
建設組合は給料がいいけど、かなり体力仕事だろう。
商会は休日が安定しているけど、営業系の仕事って正直想像がつかない。
「……悩むな」
思わず呟く。
そのとき、階段の下から婆ちゃんの声が聞こえた。
「ニコー!」
「ん?」
「お茶入れたよ!」
「あー、今行く」
俺は机の紙をそのままにして、階段を降りた。
居間に行くと、婆ちゃんが湯のみを二つ並べて座っていた。
どうやら俺の就職活動は、この家のちょっとした話題らしい。
「どうだったんだい?」
婆ちゃんが聞く。
「いくつか返事は来たよ」
「ほう」
俺は紙を何枚か持ってきて、机に広げた。
婆ちゃんは老眼鏡をかけて、紙をじっと見ている。
「ふむ……」
「どう思う?」
俺が聞くと、婆ちゃんはあっさり言った。
「一回飛び込んでみたらええがな」
……。
いや。
その答えは知ってた。
婆ちゃん、絶対そう言うと思ってた。
「どこでもいいから?」
「そうだよ」
婆ちゃんは茶をすすりながら言う。
「働いてみなきゃわからんことも多い。頭で考えてばっかりいても始まらん」
まあ、確かにそれは正論だ。
でも。
「一応、人生の選択なんだけどな」
俺は苦笑する。
するとそのとき、台所から母さんの声が飛んできた。
「あんたに選ぶ権利なんてないでしょ」
……。
ひどくない?
俺は思わず振り返った。
母さんは腕を組んで立っていた。
「あんた二十五よ?選り好みしてる場合じゃないの」
ぐうの音も出ない。
正論すぎる。
でもさ。
「俺からしたら、一生そこで働くかもしれないんだけど」
思わず言い返す。
「“とりあえず”っていうのは、あんまりしたくないんだよ」
母さんは少しだけ眉を上げた。
でもすぐに肩をすくめた。
「そんな理想的な仕事、最初から見つかるわけないでしょ」
……まあ、それもわかる。
わかるんだけど。
俺は机の紙をもう一度見た。
物流。
機械。
建設。
商会。
「……やっぱ」
俺は小さく呟いた。
「バイトから始めるのがいいのかな」
正社員じゃなくて、まずはアルバイト。
仕事を試してみて、合ってるかどうか確かめてから決める。
それならリスクも少ない。
……少ないんだけど。
「いやでも」
すぐに別の考えが浮かぶ。
二十五歳。
フリーター。
それって、どうなんだろう。
世間的に。
「……うーん」
俺はまた頭を抱えた。
どうやら就職ってやつは、思っていたよりずっと難しいらしい。




