第7話 仕事選びという難題
夕飯を食べ終わったあと、俺は自分の部屋に戻ってベッドの上に寝転がっていた。
婆ちゃんの家はそこまで大きな家じゃないけど、昔から使われていた客間を俺の部屋として使わせてもらっている。壁は少し古い木材の色をしていて、窓からは新興住宅区の通りが見える。夜になると外は静かで、遠くの街灯の光がぼんやりと道を照らしているだけだ。
こうして一人になると、自然と昼間のことを思い出す。
職業ギルド。
求人票。
応募候補。
「……さて」
俺はベッドの上で腕を組みながら天井を見た。
改めて考えてみる。
今日ピックアップした仕事。
物流会社の管理補助。
魔導機械工房の作業補助。
建設会社の現場作業員。
小さな商会の営業補助。
全部で五件くらいあったはずだ。
応募書類は明日まとめて書くとして、問題はその中でどこを本命にするかだ。
就職活動なんて今までまともにやったことがないから、こういうことを考えるのもなんだか新鮮というか、妙に現実味がある。まあ、本来なら二十五歳にもなって「初めて考えてます」みたいな顔をしている時点でだいぶ遅いんだけど。
それでも、一応俺の中には優先順位みたいなものがある。
まず――
休日。
これはかなり重要だ。
できれば土日休みがいい。
世の中には週休一日とか、シフト制で休みがバラバラな仕事もあるけど、正直あんま好きじゃないんだよな…。あんまり贅沢は言えないけど、休みが不定期だと友達とも予定が組みにくくなるし、生活のリズムも崩れそうだし、なにより気持ち的に落ち着かない気がする。週休1日なんて論外だ。
その点、企業系の仕事は比較的休みが安定しているところが多い。土日休み、もしくは週休二日。これだけでもだいぶありがたい。
次に大事なのは――
会社の規模。
これも意外と重要だ。
できれば、ある程度の規模があるところがいい。
別に大企業じゃなくていい。ベルンハイムにそんな会社があるわけでもないし。でも、あまりにも小さいところはちょっと怖い。
というのも、小さすぎる会社って、なんというか……。
ワンマン経営っぽいイメージがある。
社長が絶対みたいな。
俺が高校を卒業してすぐ働いた会社が、まさにそれだった。
あれはザルツブルグにいた頃の話だ。
父親の事業が傾き始めて、家の空気がだいぶ重くなっていた頃で、俺も「とりあえず働くか」みたいな感じで小さな運送会社に入った。社員は十人ちょっとしかいない会社で、社長も現場に出てくるタイプの人だった。
最初のうちは特に問題なかった。
ただ、ある日。
荷物の積み込み作業で、ちょっとしたミスをした。
箱の配置を間違えたんだ。
それだけ。
それだけだったんだけど――。
「お前なにやってんだ!」
って怒鳴られて。
次の瞬間。
頭をどつかれた。
いや、マジで。
本当に物理的に。
手のひらで、ゴンって。
あれは本当にびっくりした。
だって、学校の先生ですらそんなことしなかったのに、社会に出たらいきなり頭を叩かれるんだからな。あまりの出来事に一瞬なにが起きたのかわからなくて、そのあと妙に冷静になってしまったのを覚えている。
まあ、その会社は結局すぐ辞めた。
というか、あの一件で「あ、ここ無理だな」と思った。
だから俺の中では、小さすぎる会社はちょっと警戒してしまう。
もちろん全部がそうとは限らないんだけど、どうしてもイメージがね。
「……とはいえ」
俺は軽く寝返りを打つ。
問題はここからだ。
ベルンハイムは地方都市だ。
人口は四万五千人くらい。
つまり、企業の規模にも限界がある。
ザルツブルグみたいに巨大企業の本社があるわけでもないし、大きな研究機関があるわけでもない。街の経済は基本的に物流、農産物市場、軽工業、小さな商会なんかで回っている。
だから「それなりの会社」と言っても、どうしても幅が限られる。
求人票に載っていた会社も、だいたいは従業員数が二十人とか三十人とか、そのくらいの規模だった。
まあ、地方都市なら普通だ。
贅沢を言っても仕方ない。
「それに……」
もう一つ、俺の中で考えていることがある。
できれば。
今まで経験していない仕事の方がいい。
体力仕事は嫌いじゃない。
むしろ体を動かすのは得意な方だと思う。
でも、職人系の仕事って、なんとなくイメージがある。
やたら厳しい。
怒鳴られる。
弟子扱い。
そういうやつだ。
もちろん全部がそうとは思わないけど、鍛冶工房とか建築工房とか、ああいうところは職人気質が強い人が多そうだし、修行みたいな感じになりそうな気がする。
俺、あんまり向いてない気がするんだよなぁ。
たぶん。
根性論とか。
上下関係とか。
そういうの。
「……となると」
俺はぼんやり天井を見つめながら、頭の中で候補を並べる。
物流会社。
魔導機械工房。
建設会社。
商会。
この中で一番イメージがつくのは――
物流関係か。
荷物の管理とか配送調整とかなら、前にバイトで似たようなことをやっていたし、仕事の流れもなんとなく想像できる。体力も使うけど、ずっと現場で働くわけじゃないし、事務的な作業もあるらしい。
会社の規模もそこそこだった。
確か従業員が四十人くらい。
ベルンハイムの企業としては、わりと大きい方だ。
休日も週休二日。
条件としては悪くない。
……悪くないんだけど。
「……いやでも」
俺は思わず眉をしかめた。
物流って。
結局のところ。
単純作業が多いんだよな。
荷物の確認。
仕分け。
伝票整理。
配送スケジュール。
それを毎日繰り返す仕事。
いや、もちろん社会にとって大事な仕事だっていうのはわかる。物流が止まったら経済も止まるっていう話は、学校でも習った。
でも。
なんというか。
毎日同じことの繰り返しって、俺にできるんだろうか。
三ヶ月でバイト辞めた人間が言うのもなんだけど。
「……うーん」
天井を見つめながら、俺は唸った。
仕事は必要だ。
働かなきゃいけない。
それはもうわかっている。
でも。
できれば――
少しくらいは。
「面白そうだな」と思える仕事がいい。
そんなことを考えている時点で、まだ甘いのかもしれないけど。
俺はしばらく天井を見つめたまま、ぼんやり考え続けていた。




