8.二匹目
「おや、巽君と弓弦君、こんにちは」
雑木林を出て空き地に戻ると、そこには田渕の姿があった。
「こんにちは⋯。田渕さん、その犬は?」
田渕は柴犬を連れていた。昔のタロを思い起こさせる。
「最近また飼い始めたんだよ。名前はケンと言うんだ」
「そうなんですね。かわいい」
弓弦は撫でてもいいか田渕に聞き、ケンの首元を撫でる。
「ここ、なんか模様がありますね」
「そうなんだ。反対側にもあるよ」
「ほんとだ。なんかオシャレでかっこいい。いいな~お前」
わしゃわしゃと撫でる弓弦に、ケンも大人しくされるがままになっている。随分と人懐っこいようだ。
「今、林の中から出て来なかったかい? 何をしていたんだ?」
「それが、友達が行方不明になって」
「なんだって!?」
「あ、でももう見つかったんです。大丈夫です」
気色ばむ田渕に無事だったことを告げると、そうか、とほっとしたように溜息を吐いた。
「もしかして、あの倉庫を見に行ってたのかい?」
「あ⋯、はい」
「そうか。この前旅館の犬が殺されたと言っていたからね。20年前の誘拐事件と、何か関係があるかもしれないと」
田渕は巽の気持ちを察するように、小さく頷いた。
巽の、何の根拠もない憶測を否定することなく、真摯に聞いてくれる。
「けど、倉庫には何もなかったし、昔の事件とは、多分無関係なんです」
そう、巽が関連付けたい気持ちがあるだけで、きっと無関係。
「巽君は、事件のことは忘れていたんだろう? 何か思い出したのかい?」
「少しなら⋯。けどまだ断片的で」
見たはずの犯人の顔も覚えていない。きっと調べれば分かることで、見れば何か思い出すかもしれないが。
犯人が捕まった後、巽が嫌なことを思い出さないように、両親がそういった情報は全てシャットアウトしていた。大人になるにつれ、自然と事件の概要なんかは耳に入って来るようにはなったが、これまでは特段調べようとは思わなかった。
「忘れていたいなら、無理に思い出すことはないよ」
「そう、ですね⋯」
田渕はもう少し空き地でケンを遊ばせると言うので、巽たちは病院へ向かうことにした。
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病院に着くと、待合室に委員長の姿があった。
「古賀!」
「委員長、橋本は?」
「今念のため検査を受けてるけど、大丈夫だ」
「どこにいたんだ?」
「中学の近くの、今は使われてない倉庫に閉じ込められてたらしい」
凍死するような時期ではなかったことと、早く見つかったことで大事には至らなかったようだ。
「やっぱり、誘拐、なのか?」
「俺も詳しいことは聞いてないけど、多分」
これから警察が事情を聞いて色々調べるらしいが、昨夜、迎えに来ると言っていた恋人を待っていたところで、突然薬のようなものを嗅がされ気を失ってしまったらしい。
「古賀巽さんと羽多野弓弦さんですか?」
「? そうですけど」
改めて香菜の無事を確認したことでほっとしていたところに、スーツ姿の男2人が近付いてきた。
「県警の大木と言います。少しお話よろしいですか?」
「警察?」
大木と名乗った刑事は、警察手帳を開いて見せる。
なぜ自分たちが?と巽は眉を顰める。隣にやって来た弓弦と軽く目配せをして、目の前の2人を見据えた。
「先ほど、このような動画がネットにアップされまして」
「動画?」
もう1人の刑事がスマホの画面を見せてくる。動画投稿サイトの画面だが、再生はせず真ん中に三角のマークが見えた。
再生すらされない動画に、巽は眉を顰めた。香菜のことと何か関係があるのだろうか。
「ちょっとここでは再生は控えます。かなり、ショッキングな動画なので」
「何の動画ですか?」
「先日の、旅館の犬が殺された様子が映っています」
「え⋯」
背筋がスッと冷たくなる感覚がした。隣で弓弦が小さく震えたような気がして、宥めるように背中を撫でる。
「すぐに削除要請を出したので、元の画像は削除されると思いますが、すでに拡散されているので、全部は難しいでしょうね」
「その動画と、俺たちが何の関係があるんですか?」
「この動画と同時刻に、同じアカウントから別の動画もアップされました。こちらは、20年前に撮影されたものです」
「それって⋯」
吐き気が込み上げるような気がして、巽は口を押さえた。ずっと感じていた自分の根拠のない憶測は、やはり正しかったのだ。
「20年前、田渕さんのお宅の犬、タロが殺された時の動画です」




