5.いいことと悪いこと
「懐かしいね⋯」
次にやって来た場所で、弓弦は何か眩しいものでも見るような目をして呟いた。
中学を卒業するまで住んでいた、巽の家だった。
「今は誰も住んでないみたいだね」
「そうだな」
入口に売家の札がかけてある。巽が引っ越した後すぐの頃は、確か他の人が住んでいたはずだが、その人たちも引っ越したようだ。
「たつ兄の家、大きくて羨ましいって、よく姉貴と話してたな」
「そうなのか? 俺は土曜になると親にあちこち掃除を言い渡されて、弓弦たちの家の方が掃除がラクそうでいいなって思ってたよ」
「なにそれ」
弓弦は笑いながら、門に手をかける。
「入ってみる?」
「いや、まずいだろ」
「やっぱダメか」
いくら昔住んでたとはいえ、今は赤の他人の所有物だ。
巽は、懐かしそうに目を細めて、かつて自分の部屋だった所の窓を見つめた。
ここには、子どもの頃の思い出が詰まっている。麻里と弓弦と花火をしたのもここだったし、麻里に付き合おうと言われたのも巽の部屋だった。
たくさんの思い出が。いいことも、悪いことも――。
「っ!?」
ふいに視線を感じた気がして、巽は背後を振り返った。何か、纏わりつくような嫌な気配がしたような。
「たつ兄?」
「今、誰かいたような⋯」
「え?」
隣にやって来た弓弦を、無意識に背中で庇うようにしながら、巽は周囲を見回した。
「誰もいない、よね⋯?」
「気のせいか⋯」
小さく溜息を吐いて肩の力を抜いた。朝から色々考え過ぎて、神経が過敏になっているのかもしれない。
「戻るか」
「そうだね」
2人は車に乗り、旅館に戻ることにした。
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幸い今日も部屋が空いているというので、巽たちはもう1泊することにした。
夕食を終えて部屋に戻ると、砂川が訪ねてきた。
「ちょっといいですか? 例の件なんだけど⋯」
例の件とは、昔の事件の犯人らしき人物が、従業員の中にいたという話だろう。
「ああ」
巽たちがテーブルにつくと、砂川もその前に正座をした。
「警察に調べてもらいました。うちの従業員に、前科のある人はいません」
「!」
きっぱりと告げる砂川に、ふっと緊張の糸が切れる。
「そっか⋯。それなら、良かった」
弓弦がそう言って溜息を吐いた。
「ただ、かるかんを殺した犯人はまだわからない」
「そうなんだ⋯」
「従業員の中に、何人か犯行が可能な人物がいる。けど、可能ってだけで証拠がないから」
なるほど、と巽は静かに頷く。
これが殺人なら、動機のある人物から当たりをつけて捜査をするのかもしれないが、殺されたのが犬となると、動機というのも難しいだろう。
殺すほど憎んでいた?吠える声がうるさかった?
そんなことよりも、今回のケースは快楽殺人のような、そういった人格の欠如を感じる。
「20年前の事件の話もした。事件のことを覚えてる刑事さんもいたから、まあちゃんと調べてくれると思う」
「そっか。それなら⋯。早く犯人が捕まるといいね」
「そうだな」
話が終わると、砂川は仕事に戻ると言って部屋を出て行った。
巽たちも、さすがに明日は早く帰らないといけないし、疲れていたこともあり、その日は早めに寝てしまった。




