3.記憶
麻里と弓弦は、隣の家が飼っていた柴犬のタロが大好きだった。
巽が2人の家に遊びに行った時もよく一緒に会いに行って、タロは巽にもよく懐いていた。
そのタロも、今日のようにある日突然、無数の刺傷を負わされ殺されてしまった。
3人はショックでしばらく落ち込んでいて、タロが埋められた場所にも、度々お墓参りに行った。
そしてそこで、巽たちは誘拐されてしまったのだ。
「タロを殺した犯人と、俺と麻里を誘拐した犯人は、同一人物だった」
「えっ、じゃあ、まさか⋯」
部屋に戻って、巽と弓弦は砂川に昔の事件の詳細を説明する。
砂川の顔から血の気が引いた。まさかまた、誘拐事件が起きるのか。
「待って。確かに同一犯だったけど、あくまでタロのお墓参りに行ったことが⋯、人けのない場所に子どもだけで行ったから誘拐されたんだよ」
「そ、そうか。この辺は小学生以下の子は住んでないし、今日の宿泊客の中にも小さな子はいなかった。それなら、関係ないよな」
「⋯⋯」
ただの偶然。自分もそう思いたい。
実際巽は、殺されたタロの様子を直接見たわけではない。大人が見ないようにと隠していたから。そもそも二十年も前の事件で、犬が刺し殺されたということ以外に、共通点はないのかもしれない。
だけど、何か引っかかる。
何か、大事なことを見逃しているような⋯
「――そうだ、あの男⋯!」
巽は、昨日会ったスタッフのことを思い出した。
中庭でかるかんを撫でていた時、風呂が空いていると教えてくれた、40代後半くらいの男性スタッフ。
似ている。自分たちを誘拐した犯人に。
巽は、ずっと記憶の奥底に眠っていた光景が、少しずつ蘇ってくるのを感じていた。
「その時の誘拐犯だって、もう捕まってるんだろ?」
「⋯捕まったけど、20年も前の事件だよ。とっくに刑期を終えて、釈放されてるよ」
「あのさ⋯」
話している2人の間に割って入る。
「従業員の名簿とか、見せてもらえないか?」
「えっ、いや、それはちょっと⋯」
砂川に渋い顔をされる。当然か。部外者の自分に見せられるわけがないのだ。
「どうしたの? 何かあった?」
「⋯似てるんだ。昨日会ったスタッフと、あの時の犯人が」
巽の言葉に、弓弦が大きく目を瞠った。
「たつ兄、記憶が⋯」
「まだ、全部じゃないけどな」
かるかんの事件が引き金になったのか、少しずつ思い出してきたけれど、まだほとんどが靄がかったような曖昧なものだ。
「うちの従業員の中に、犯人がいるってことですか?」
「あ、いや、それは⋯。悪い、俺も今までずっと忘れていて⋯。気のせいかもしれない」
当時の犯人は顔も名前も公表されている。調べればすぐにわかることだし、よくよく考えれば、こんな小さな町で、事件を起こした人間が変わらず静かに暮らしているなんてあり得ないだろう。
自分はいったい、何を焦っているのだろう。
「わかりました」
「え?」
「名簿は見せられないですが、警察には話しておきます。と言っても、俺がわざわざ言わなくたって、従業員は真っ先に疑われるだろうし」
「そうなの?」
「夜は門の扉も鍵をかけてるから、外部の人間は入れないんだよ」
そう言えば、夜中に外に出たい時はフロントに声をかけるように言われていた。このあたりはコンビニすらないから、夜に外に出たがる人はまずいないらしいが。
かるかんが殺されていたのは、旅館の玄関と門の間の敷石の上。外から入れないのなら、中にいた者の犯行。
「宿泊客の中に犯人がいるとかは⋯?」
「その可能性もゼロじゃないけど、出入口もやっぱり夜は鍵をかけてるから、あそこに出るにはカードキーでロックを外さないといけない。出た人がいれば記録が残ってる」
「なるほど」
露天風呂や中庭から壁を登ったりすれば、カードキーを使わずにあの場所へ行くことも出来るらしいが、わざわざそんなことをしてまで犬を殺す理由がないだろう。
砂川は警察に話をしてくると言って、部屋を出て行った。
「たつ兄、大丈夫?」
「ああ」
「今日、帰る予定だったけど⋯」
帰れるのだろうか。こんな状況で。
まだ朝だというのに、どっと疲れが出ている。
しかし、
「弓弦、ちょっと付き合ってくれるか?」
今まで忘れていた記憶を取り戻しかけていて、いてもたってもいられない気持ちだった。




