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封印した記憶を探して  作者: さくら優


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2/12

2.犬

耳許ですすり泣く声が聞こえる。小さな手が服の裾をぎゅっと握ってきて、自分もその小さな背中を抱き締めた。


「たつみくん、こわいよ⋯」

「だいじょうぶ。ぼくがいるから」

「さっきの人、またもどってくる⋯?」

「どうかな。でも、もどってきても、ぼくがまもってあげるからね」


――のことは、ぜったいぼくがまもるから。



――――⋯⋯


ハッと目が覚めて、見慣れない天井に一瞬息が止まりそうになった。


すぐに旅館に来ていることを思い出し、巽はほっと息を吐く。隣を見ると、弓弦が静かな寝息を立てて眠っていた。まだ、どこかあどけなさが残るような寝顔に、ふっと笑みが溢れる。


久しぶりに、嫌な夢を見た。この場所のせいだろうか。


いや⋯。


巽は深く溜息を吐く。原因を探るまでもない。風呂で誘拐事件のことを話したせいだ。


巽は小学校に上がってすぐの頃、誘拐されたことがあった。麻里と一緒に。


巽自身、そのことはほとんど覚えていない。よほどショックだったのか、助かって数日後に、そこだけすっぽり記憶がなくなってしまったのだ。


おかげで大した後遺症がなく、大きな心の傷にもならずに済んだのだけれど、それでも時々、今のような夢を見る。


ずっと守ってあげる。

誘拐された時、麻里にそう約束した。記憶がなくても、そのことはきっと本当だ。


花火の時の罪悪感だけではなく、これも麻里と結婚した理由の1つ。


ずっと、この先も、自分が守ると思っていたのに。



   ✦✦✦


甲高い悲鳴が聞こえてきて、巽は飛び起きた。


「なに?」


弓弦も寝起きの顔を顰めている。


「フロントの方だな。行ってみるか」

「うん」


皆悲鳴を聞きつけてきたのか、入口の方は人だかりが出来ていた。巽たちは中庭を通ってその方向へ向かう。すると、


「なっ⋯!?」

「⋯⋯ひどい」


そこには、犬の死体が横たわっていた。


刃物で何ヶ所も刺されたようで、真っ白な毛が血で赤く染まっていた。


「うっ⋯」


巽は手で口を押さえてその場にしゃがみ込む。


全身に震えが走った。地面が歪む。耳鳴りがする。

脳内に、記憶の奥底に眠っていた映像がフラッシュバックする。


『なんてひどい⋯』

『誰がやったんだ、こんなこと』

『お母さあん、タロが⋯タロが⋯』

『見ちゃだめよ』


「――たつ兄、たつ兄?」

「っ! あ、あぁ⋯」

「大丈夫? 真っ青だよ」

「⋯大丈夫だ」

「待ってて。水持ってくるから」


近くのベンチに座らされ、弓弦は水を買いに行った。


まだ頭がくらくらしている気がする。さっきの、ふと思い出したあの映像は――。


「はい、お水」

「あぁ、悪い⋯」


すぐに戻ってきた弓弦からペットボトルを受け取り、中身を煽る。チラッと人だかりの方を見ると、警官の制服を着た男がやって来ていた。


当然か。これはもう犯罪だ。ペットへの危害は罪としては器物損壊になるのかもしれないが、人の心情としては殺人と変わらないだろう。


「羽多野」


その時、旅館のスタッフの1人が巽たちの方へやって来た。彼が弓弦の友人なのだろう。


「砂川」

「悪かったな、せっかく泊まりに来てくれたのに」

「いや、砂川が悪いんじゃないし。たつ兄は大丈夫?」

「ああ。悪かった、もう大丈夫だ」

「無理しないでください。ってか、古賀先輩、ですよね?」


唐突に名前を呼ばれて相手の顔を見上げる。頷くもののすぐには誰かわからなかった。


「俺、中学の時同じサッカー部だった」

「砂川って⋯、あぁそうか。思い出した」

「懐かしー。ってか羽多野、お前古賀先輩のことたつ兄なんて呼んでたっけ?」

「うん。兄貴になってからはね」

「ああそっか。なるほどな」


懐かしそうに話をする弓弦たちの横で、ようやく頭の中が整理された巽は、ゆっくりと立ち上がった。


かるかんの死体があった方を、睨むように凝視する。


「たつ兄、どうしたの?」

「⋯弓弦、覚えてるか? 子どもの頃、似たようなことがあった」

「っ、」


弓弦は大きく目を見開く。忘れていてもおかしくないほど小さな頃の話だが、あまりにも衝撃的な事件だったので覚えているのだろう。


「あーそれって、羽多野んちの隣の家の犬が殺されたっていう。確か名前が⋯」


タロ。


「たつ兄、それ、忘れてたんじゃ⋯」

「⋯そうだ。ずっと忘れてた。けど、少し思い出してきたよ」

「⋯⋯」


弓弦と麻里が住んでいたアパートの隣の家にいた柴犬、タロ。


その子が殺されたところから、巽と麻里が誘拐された、あの事件が始まったのだ。


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