12.これから
その後、田渕が警察に自首をし、事件は解決となった。
20年前の事件についてはすでに時効を迎えているため、争点になるのは旅館の犬の事件と香菜の誘拐事件のみだが、特にかるかんの事件についてはかなり悪質であることから、実刑が下される可能性が高いらしいということを、巽は後から知った。
巽は弓弦と2人で、麻里が眠る墓にやって来ていた。
線香の煙がゆらゆらと上っていくのを見つめながら、一周忌から今日までのことを思い出していた。
誘拐事件のことは断片的に思い出していたが、全てをというわけにはいかないようだ。
「他にも、麻里とのことで、忘れてることがあるんだろうな⋯」
「全部を覚えてる人なんていないよ。特に子どもの頃のことは」
「まあ、そうなんだけど」
それでも、どうしても気になってしまうのは、大きな事件の記憶を失ったまま、今まで生きてきたことに、罪悪感を抱いているからなのだろうか。
「たつ兄、俺ちょっと行きたいところがあるんだけど」
「? ああ、どこだ?」
今日まで散々、巽の行きたい場所に弓弦を付き合わせてきたので、巽はすぐに了承する。
最近頻繁にこの町に来ていたが、またしばらく来る頻度は減るだろうから、もう1度手を合わせてから、巽は立ち上がった。
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弓弦に連れて来られたのは、小高い丘の上にある公園だった。
遊具があるような公園ではなく、ちょっとした散歩コースと、見晴らしの良いベンチがあるくらいの小さな公園だ。
そんな、大して楽しい場所でもないように思えるここに、子どもの頃はよく来ていた。
「懐かしいな⋯」
町の景色を一望出来るベンチの前で、巽は呟いた。
「ね〜。よくここで秘密基地作ろうとか話してたよね」
「そうだったな」
子ども数人なら隠れられそうな植木の陰に、古いマットやラジオなんかを持ち込んで。
「ここに何かあるのか?」
懐かしい場所ではあるが、弓弦がここへ来たいと言った理由がわからずにいると、弓弦は肩をすくめて苦笑した。
「ううん。ただ⋯、姉貴に聞かせたい話じゃないからさ。場所変えたかっただけ」
「麻里に⋯」
巽は身構える。麻里に聞かせたくない話とは一体。
「たつ兄が記憶にこだわってるのは、覚えていることが愛、って思ってるからだよね。もう、姉貴にしてあげられることがないから」
「⋯⋯」
弓弦の言葉に、巽は否定も肯定も出来なかった。上手く言語化出来ていなかった感情だ。合っているような気もするし、少し違うような気もする。
「⋯ずっと、罪悪感があった。だから付き合って、結婚もした」
「うん」
花火の火傷のことがあったから。
「けど、後悔はしてなかったんだ。麻里のことが好きだったのは嘘じゃない」
「知ってる」
「⋯でも、あの誘拐事件も、俺が原因で⋯」
償う術がないのに、麻里への罪が増えてしまった。
せめて、彼女を忘れないことが、償いのように思えてしまう。
完全に、ただの自分の自己満足なのだが。
「たつ兄は悪くない、って言っても、そんなのは頭じゃわかってるもんね。意味ないか」
「⋯こんな話するのも、お前は悪くないって言葉待ちなんだと思われるんだろうな」
「それは被害妄想な気がするけど。あーでも、あんまりいつまでもウジウジされてるとそうかもね」
割と辛辣な言葉に、巽は苦笑する。
「⋯姉貴は、たつ兄が罪悪感もあって結婚したの、わかってたよ」
「――え?」
「たつ兄が、もう俺は充分過ぎるほど償ったんだって、そう思えるまでの時間、いくらでも付き合うつもりだった。そのために結婚した。それなのに⋯」
突然、途中で終わってしまったから。
「何もしてやれなかったって後悔する必要なんてない。これからしてやるつもりだったんだって、そう思ってればいい。姉貴だってそのつもりだった」
「⋯⋯いいのか、それで」
「いいんだって。俺が許す」
偉そうに許可を出す弓弦に、ぷっと噴き出してしまう。
「麻里のことなのに、なんで弓弦が許可出すんだよ」
「だって姉貴のこと1番わかってるのは俺だし。2人の1番近くにいたのも俺だよ?」
「そう、だな⋯」
もしかしたら自分は、心のなかにある罪悪感を、肯定して欲しかったのかもしれない。
――あなたは黙って私に償えばいいの。そのための時間なら、いくらでも用意してあげる。
「これ、別に麻里に聞かれて困る話じゃなくないか?」
「だめだよ。偉そうなこと言うなって怒られるから」
「それもそうか」
気付けば、空がオレンジ色に染まり始めていた。
「弓弦」
「んー?」
「⋯ありがとな」
「ふふ。お礼にラーメン奢って」
「いいよ」
「やった!」
弓弦は、うんっと大きく伸びをして、夕日に背を向け車に向かって歩き始めた。
巽も、少し遅れてその後を追う。
自分よりも小さなその後ろ姿に、ふと麻里の姿が重なって、やっぱり姉弟だなと笑みを零した。
END.




