11.真相
「君たちがまだ小さかった頃、よくうちに遊びに来てくれただろう? 僕はそれが嬉しくてねぇ。
僕には子どもがいなかったから、もしいたらこういう感じなんだろうかと思っていたよ。
だけど、君たちは僕と話をするより、タロと一緒にいる方が楽しいみたいだった。僕じゃなくてタロに会いに来ているんだと、苦々しく思ったこともあった。
そうそう、巽君に動画を送ったアカウントの『tr』は、タロの名前から取ったんだよ。あと、ケンの名前は漢字で『乾』って書くんだ。乾は方位だとちょうど『巽』の反対側になるんだよ。まあ別に、だからといって特に意味はないんだけどね?
で、話を戻すけど、君たちがタロに会いに来てるのも仕方がないって思ってたんだ。だってこんなおじさんより、かわいい犬の方がいいに決まってる。
それである時ね、巽君覚えてるかなぁ。うちでスズメが死んでたことがあって。巽君、すごく傷ついた顔してたんだよ。かわいそうって、今にも泣きそうで。
それが最高にかわいくてなぁ。
ただのスズメでこうなら、もっと大事なもの、例えば、可愛がってるペットが死んじゃったりしたらどうなるんだろうって、それから妄想が止まらなくてね。
知り合いに金に困ってる人がいたから、お金渡してタロを殺してもらった。何かのときに使えるかもと思って、録画もしてね。
血塗れのタロを見た時の、巽君の顔は忘れられないよ。
それから、もっとそういう顔が見たくなってね。更にお金を渡して、君たちの誘拐も依頼したんだ。
僕が直接やるとさ、ほら、素人だからあっさり証拠とか残しちゃうかもしれないだろう? 近くにいる人間はすぐに調べられて疑われるし。
推理小説と違って、実際の警察は結構動機を重要視するから、動機がないと意外に疑われないんだよね。
それでも、もし捕まったら刑務所行きだろうから、さすがに断られるかなあって思ったけど、よっぽど金に困ってたんだね。あっさり引き受けてくれた。
まあ殺人犯すわけじゃないし、誘拐と監禁と器物破損だから、一生出られないわけでもないし、むしろ刑務所の方がまともな飯が食えそうだって、喜んでたから良かったよ。
捕まっても僕のことは喋らないって約束もしてくれたよ。まあ僕も向こうの弱み握ってたから、バラされる心配はしていなかった。
で、倉庫に君たちを閉じ込めて。あの中もカメラを仕込んであったんだよ。だけど、こっちは誰にも見せてあげない。僕の宝物だから。警察に見つからないように回収するのも苦労したからね。
怖がって震えてるだけでもずっと見ていられるくらいだったけど、可哀想に、寒かったんだろうねえ。
服を脱いで抱き合い始めた時にはもう興奮で――」
バゴッ、という鈍い音がして、田渕の話は遮られた。
途中から強い不快感による耳鳴りと吐き気で、ろくに聞こえていなかった巽が、しゃがみ込んだまま音のした方に目をやると、拳を握り締めた弓弦と、地面に倒れ込んだ田渕の姿があった。
殴られてもニヤニヤ笑っている田渕は、巽の理解の範疇を超えていた。
「弓弦君、強くなったねえ。前は巽君に守られてるばっかりだったのに」
「黙れ」
初めて聞くような、怒りに震えた弓弦の低い声。
巽は、今にも血が滲みそうなほど強く握られた拳を、そっと両手で包む。
「たつ兄?」
「大丈夫だ」
田渕は笑っているし、この1発だけならおそらく問題ないだろうが、これ以上無抵抗のこいつを殴ったりしたら、弓弦の方が罪になりかねない。
巽は、それが怖かった。
「旅館の犬を殺したのも、橋本を誘拐したのも、お前か?」
「そうだよ。僕が指示したんだ」
巽はゴクリと唾を呑み込み、再び話し始める田渕の声に、耳を傾けた。
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「君たちが久しぶりに帰ってくるって聞いて、何か出来ないかなあって思って考えたんだよ。
旅館の従業員に、誘拐事件の時と同じように金に困ってる人がいるって知って、タロの時と同じように金を渡して犬を殺してもらった。なんとなくタロの時に依頼した人と雰囲気が似てたから、ちょうどいいやと思って。
巽君、誘拐事件のことは忘れちゃったって聞いてたから、これがきっかけで思い出してくれたらいいと思ってねえ。
巽君も思い出そうとしてくれてただろう?
タロを埋めた場所に来てくれたり、あの後、昔住んでた家にも行ってたよね?
だからそいつにもっと金を渡して、巽君の同級生を誘拐してもらったんだ。別に誰でも良かったんだよ。
20年前の誘拐事件と繋がってる感じを出そうと思って、動画をネットにアップしてね。そいつのパソコンから投稿したから、そろそろ警察も辿り着いてると思うよ。
巽君と麻里ちゃんが結婚した時は驚いたけど、同時にすごく楽しみにしてたんだあ。2人の子どもだったら、どれだけかわいい子が生まれるんだろうって。
生まれたらまた一緒に遊べると思ってたのに。
それなのに麻里ちゃん死んじゃって、事故起こした奴を殺してやりたいよ、全く」
相変わらず吐き気がしたが、少し耐性がついたのか、今度はしゃがみ込まずに済んだ。
弓弦は怒りに震えていたが、巽が握った手を握り返すことで、なんとか抑えているようだ。
その時、遠くでパトカーのサイレンが聞こえた。こんな田舎の町では滅多に聞くことがない音だ。それは、だんだんと近づいて来るように思える。
あれ?と田渕も不思議そうな顔をしている。しかし、特段焦る様子もない。
「あいつ喋ったのか? まあ今回は大した弱み握ってなかったから、捕まったら喋るかなあとは思ったが」
警察に捕まったところで、田渕には痛くもかゆくもないようだ。最初から捕まっても構わないと思っていたのかもしれない。
「なんで⋯」
「うん?」
なんでそんな、今更⋯。
「⋯今更、俺に思い出させようなんて、思った⋯?」
わざわざこんな、手の込んだことをして。
金だっていくら渡したのか知らないが、それなりの額を渡しているのだろう。
悪趣味な自身の欲を満たそうとした20年前の動機はまだわからなくもないが、今回のことは本当に理由がわからない。
「一体、何が目的だったんだ⋯?」
呆然と問う巽に、しかし田渕は相変わらず不気味な笑みを浮かべたまま、
「別に? ただ思い出させてあげようと思っただけだよ」
嘘か真かわからないそんな言葉を残して、やって来た警察官の方に、軽く両手を上げて歩いていった。




