10.真犯人
翌日、スマホにメッセージが届く音で目が覚めた。
チラッと画面を見ると、送り主は見覚えのない名前だったので、DM広告の類だろうと中身は見ずに放置した。
トイレに行って顔を洗って戻ってくると、弓弦も目を覚ましたようだ。
「弓弦、今日仕事は?」
「休み〜」
だからなのか、二度寝しようと再び布団に潜り込む。
それならもう少しのんびりしようと、巽もベッドに寄りかかってスマホを開いた。
さっきのメッセージはなんだったのだろうと開いてみると、何やら動画再生が始まった。
「なん、だ、これ⋯⋯」
みるみる顔が青褪める。止めようとして手が滑り、スマホが床に落ちた。
「たつ兄? どしたの?」
様子がおかしい巽に気付き、弓弦がベッドから起き上がる。落ちたスマホを拾い、再生されている動画を目にして息を呑んだ。
犬が、刺し殺されている動画だった。
「た、つ兄、何これ⋯」
「わからない。さっき、送られてきて」
「誰から?」
「知らない相手だ」
送り主の名前にはtrと書かれていた。イニシャルだろうか。
これが、昨日大木が言っていた、かるかんが殺された時の動画だろうか。いや、柴犬だからタロの方か。巽たちは結局、動画サイトにアップされたという件の動画は見ていない。
「これ⋯、ケンだ⋯」
「え?」
呆然と画面を見つめていた弓弦が呟いた。
「田渕さんちの⋯。耳の所の模様が同じ」
「模様?」
見ると、両耳にスペードのような形の模様があった。そういえば、昨日田渕に会った時、2人でケンの模様の話をしていたことを思い出す。
「そんな⋯。なんで⋯」
20年前に続いて2度目。狙われているのは田渕なのか。
しかし巽は、動画に映ったあるものを見て目を疑う。
「弓弦、この杖」
「なに?」
動かなくなったケンをどかすように映った杖。
似ている。田渕が持っていた杖に。
「え⋯、どういうこと⋯?」
犯人が田渕の杖を奪ったのか。それとも、田渕の方にも危険が⋯?
――いや。
「これ、合成じゃないか?」
よくよく見ると、動画は所々貼り付けたような違和感があった。合成を疑って見ると、ますますそんな風に見えてくる。
「田渕さんのところへ行く」
「え⋯?」
「ケンはまだ無事かもしれない」
動画が合成なら、生きている可能性が高い。
「待って! 警察に連絡した方が⋯」
「⋯いや」
映っている杖が田渕のもので、これが合成なら、この動画の送り主は田渕本人かもしれない。なぜこんなことをするのか。20年前の誘拐事件も、実は田渕が関わっていたのか。
それを、確かめなければいけない気がした。
これが合成で送り主が田渕だった場合、本来なら警察が動くような事件ではないだろう。
少々行き過ぎた趣味の悪い動画を知り合いに送っただけ。田渕の罪は現状これだけ。もっとも、昨日投稿された動画の件があるので、今回に限っては色々と調べられるんだろうが。
おびき寄せられている感はある。しかしだからこそ、行けば真相に近付ける気がした。
「だったら、俺も行く」
「弓弦⋯。ああ、行こう」
巽は、スマホを握り締め忌々しげに唇を噛んだ。
✦✦✦
田渕の家に到着すると、巽はすぐに門の横の呼び鈴を鳴らした。しかし、誰も出てくる気配はない。
「留守かな⋯」
耳を澄ますが、犬の鳴き声も聞こえなかった。嫌な予感がして、門を開けて中に入る。
しかし中庭へ回ると、そこには呑気に昼寝をするケンの姿があった。巽たちに気付くと、立ち上がり尻尾を振る。
「ケン! 良かった〜。無事だったんだね」
弓弦はケンに駆け寄ると、ギュッと抱き締めて頭を撫でた。
どこも怪我などはしていないようだ。やはりあの動画は合成だった。
相変わらず家の中からは誰も出て来ない。田渕は出かけているのだろうか。
「たつ兄、なに? あれ⋯」
ふと、弓弦が庭の奥の方を指差した。小さく震える指の先から視線を移すと、赤い、水たまりのようなものが見える。
「ワン!」
「っ!」
ケンが一声鳴いて、犬小屋へ走って入っていった。
巽は恐る恐る、その赤い水たまりに近づく。
まるで血溜まりのようなそれは、本物の血ではなく偽物だった。演劇なんかで使う血糊。送られてきた動画をここで撮影したのか、それとも、それっぽくするためにあえて血糊を撒いたのか。
そこを起点に、点々と血糊が更に奥へ続き、林の方へ向かっているようだった。
そばに来た弓弦がギュッと腕を掴んでくる。
巽は弓弦に小さく頷くと、林の中へと足を向けた。
✦✦✦
慎重に林の中を進んでいく。獣道のようなものが出来ているそこは、時々まるで目印のように、木の幹に赤い血糊が付けられていた。
明らかな誘い。罠。
それでも、巽は足を止めなかった。
「! あそこって⋯」
しばらく歩くと、見覚えのある建物が目に入る。つい最近もここへ来たから間違いない。巽たちが誘拐されて閉じ込められていた、あの倉庫だった。
田渕の家からだとこんなに近かったのだと衝撃を受ける。
「っ!?」
ふと、背後から視線を感じて振り返った。以前にも感じたことがある、纏わりつくような嫌な気配。
生い茂る木々の隙間に、一瞬チラッと覗いた背中を巽の意識が捉える。
「待てっ!」
逃げる背中を2人は追った。走り難い山道ではすぐに息が上がるが、それは相手も同じだった。
弓弦の手が、逃げる男の腕を掴む。
「くっ⋯」
「やっぱり、あなただったんですね。田渕さん」
弓弦に腕を掴まれた田渕は、はあはあと息を乱しながらも、ニヤリと笑みを浮かべた。
その表情は、今まで巽たちに向けられてきたものとは、全く別の異質な笑みだった。
薄ら寒いものを感じながらも、巽は真っ直ぐに相手の顔を見据える。
「なんで逃げるんですか? こんなものを送ってきて、ここへおびき寄せたのはあなたの方でしょう?」
「まあねぇ。特に意味はないが、こういう時は逃げるもんだろ?」
「⋯⋯」
何か、まともに相手をしてはいけない気がする。気を抜くと相手のペースに持っていかれそうだ。
「よく出来てただろう? その動画」
「なんでこんなもの⋯。まさか、旅館の犬が殺された動画も、あなたが⋯?」
「そうだよ」
「っ!」
田渕は掴んでいた弓弦の手を振り払った。もう逃げる気はなさそうだから問題はないだろう。むしろ田渕は、話したくてうずうずしているように見える。
「旅館の犬だけじゃない。タロが殺された時の動画も、僕が投稿したんだよ」
「え⋯⋯、」
「な、んで⋯、だってタロは、あなたの家族なのに⋯」
「ちがうよ?」
「――え?」
違う? 何が?
「タロは僕の家族じゃない。アレは、僕のモノだ」
スーッと血の気が引いていく感覚がした。本能的に距離を取ろうとして僅かに動いた拍子に、カサ、と落ち葉が音を立てる。
「僕のモノをどうしようが勝手だろう? だから知り合いに依頼して、殺させたんだよ」




