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封印した記憶を探して  作者: さくら優


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1.一周忌

車窓から見える景色に懐かしさを覚え、古賀巽は静かに車の窓を開けた。この辺もずいぶん変わってしまったと思っていたが、昔の面影が残っている所も多いようだ。


「たつ兄、そろそろ着くよ〜」


運転席から巽に声がかかる。羽多野弓弦。巽の義理の弟。つまりは妻の実弟だ。


自分たちは今日、1年ほど前に亡くなった妻、古賀麻里の一周忌のために、麻里の実家がある田舎に来ていた。


「到着〜」


宿泊する宿の駐車場に車を停めるなり、すぐに降りた弓弦は大きく伸びをする。


「悪いな。運転任せっぱなしで」

「全然いいよ。たつ兄ペーパーじゃん」


荷物を持って入口へ向かう。と言っても、1泊なので大した荷物はない。嵩張るのは喪服くらいだ。


敷石の先に見える入口に、巽は僅かに眉を寄せた。


「ずいぶん立派な旅館じゃないか?」

「いいでしょ? 友達がやってる温泉旅館。今オフシーズンだからって、友達価格にしてくれた」

「⋯旅行で来てるわけじゃないのに」


巽もこの町の出身だが、今はもう両親も都内に引っ越してしまって、ここに実家はない。弓弦の実家もアパートなので、大の男2人が泊まれるほど広くない。


そういう理由で弓弦が宿を手配してくれたのだが、こんなに立派なところだとは思わなかった。


「いっそビジネスホテルみたいな⋯」

「この辺にそんなのあると思う? ラブホならあるけど」

「勘弁してくれ。麻里に怒られる」


下手な冗談に眉を顰めると、弓弦はくすくすと笑った。


「あ、部屋一緒だけどいいよね?」

「ああ」


チェックインを済ませ、仲居に部屋へ案内される。温泉旅館と言うだけあって、大きな露天風呂と大浴場があるらしく、仲居が丁寧に説明してくれた。


一周忌で来ているのに、妻に⋯、麻里に申し訳ない思いが募る。


巽の考えていることが伝わったのか、弓弦が慰めるように背中から抱きついてきた。


「姉貴はこんなことで怒ったりしないよ。むしろいい加減、その屍みたいな生活なんとかしろって言うと思う」

「屍って⋯」


縁起でもない、と思ったが、ここ1年の自分の生活を振り返ると、そう言われても仕方がないのかもしれない。


毎日毎日、ただ生きているだけ。楽しいことは何もないが、感情が抜け落ちてしまったのか、辛いと思うことも何もなかった。


周りは皆、そんな自分に同情して、優しい言葉をかけてくれるか、そっとしておいてくれるかのどちらかだ。自分も麻里も、まだ二十代。突然伴侶を亡くして、すぐに前向きになれる方がおかしいのだと。


「それより、早く着替えて出よ。みんな待ってるよ」

「⋯そうだな」


巽の両親も、そろそろ着く頃だろう。


2人は着替えて、麻里が眠るお墓へ向かった。



   ✦✦✦


麻里が亡くなった原因は、交通事故だった。飲酒運転の車が、信号を無視して突っ込んできた。


冷たくなった彼女を見ても、巽は何日も信じられなかった。


経が読まれる中、線香をあげ、一周忌は滞りなく行われた。この後はお斎の席を用意してある。


本当は施主である自分がやらなくてはならないのだが、弓弦が色々と準備をしてくれた。


久しぶりに会う両親達は、懐かしそうに会話をしていた。もともと自分たちは家族ぐるみの付き合いだったのだ。1歳上の麻里と、2歳下の弓弦。巽にとって幼なじみと呼べる存在。


「巽君、ずいぶん痩せたんじゃない? ちゃんと食べてる?」

「あ、はい。大丈夫です」

「忙しくても、ちゃんと食べないとだめよ」


はは、と乾いた笑みを浮かべる。情けない。辛いのは自分だけじゃないのに。


「これ、この前家の中整理してたら見つけたの」

「アルバム? いつの?」

「麻里が高校生の時のよ」


麻里の母親が、テーブルにアルバムを開いて見せた。


「巽君、高校は麻里とは別だったから、あんまり知らないでしょ?」

「はい」


高校生の時、自分たちは大して離れているわけでもないのに、遠距離恋愛のようなことをしていた。


アルバムの中の麻里は、どれも楽しそうに笑っている。


そしてどれも、同じ角度でこっちを見ている。


「え、これって⋯」

「ああ、それは隣町の花火大会の時ね」


浴衣姿の麻里が、友達と一緒に写っている写真だった。背後に花火が見える。


「花火⋯」


ポツっと呟いた巽の手から、弓弦がアルバムを取り上げた。


「写真、汚すといけないから、続きは後で見よ」

「あ、ああ⋯」


子どもじゃないんだからとも思ったが、食事の席だし、今はもうネガも残っていない写真なので、巽は大人しく従った。



   ✦✦✦


食事が終わると、両親達は家に帰っていった。巽も弓弦と一緒に旅館へ戻る。


「あ、たつ兄、見て」


言われて中庭の方を見ると、白い犬がいた。


「かわいい〜。ここの犬かな」


弓弦はしゃがみ込んで犬の首元を撫でた。吠えることもなく、大人しい。人懐っこい犬のようだ。


「おかえりなさいませ。犬、お好きですか?」

「はい。この子名前なんて言うんですか?」

「かるかんです」

「かるかん⋯。白いから?」

「そうですね」


通りかかった男性スタッフが、犬の名前を教えてくれる。おいしそうな名前だ。


「お風呂、今なら貸切りですが、行かれますか?」

「あ、じゃあ行ってきます」

「かしこまりました。ではその間にお布団敷いちゃいますね」


弓弦がバイバーイと言いながら、かるかんに手を振ると、尻尾を振って応えているのが見えた。


「たつ兄と一緒にお風呂とか、めっちゃ久しぶりだな〜。子どもの頃はよく一緒に入ったよね」

「そうだったな」

「姉貴も一緒に入ってた」

「⋯そんな昔のことは忘れた」


弓弦はくすくす笑っているが、そんなことがあっただろうか? 確かに、一緒に旅行に行ったりしたこともあったが、その頃は麻里はもう5歳とかで、男湯には入っていなかったはずだ。もっと小さい時? しかしそれを弓弦が覚えているとは思えない。大方大人に聞いただけで、本人の記憶ではないのだろう。


大浴場は、スタッフが言っていた通り貸切りで、露天風呂からは綺麗な夕焼けが見えた。


「⋯麻里ってさ」

「うん?」

「花火、好きだったのか⋯?」


巽は、さっき見たアルバムを思い出して弓弦に問う。

弓弦は、バツが悪いような顔をした。


「んー、まあ、嫌いではなかったと思うよ。毎年楽しそうに出かけてってたし」

「そう、なのか⋯」

「たつ兄の方が気にしてるみたいだったから、誘わなかったんだろうけどね」

「⋯⋯」


気にしている。そう、ずっと、重りのように、いつまでも重くのしかかっていた。


子どもの頃、巽は麻里に火傷を負わせてしまったことがあるのだ。


花火をしていて、火の粉が顔にかかって。


幸い、命に別状はなかったし、わざとやったわけではないのだからと、周りは許してくれた。


けれど、麻里の顔には、火傷の跡が残ってしまった。


化粧をすれば、ほとんどわからないような跡だったけれど、やはり本人はショックだっただろうし、その証拠に、さっき見たアルバムの写真は、どれも火傷の跡がある所が写らない角度で撮られていた。


巽もそのことで、ずっと負い目を抱えていた。


中学生の時に麻里に告白されて付き合って、そのまま結婚までしたのも、このことが無関係だとは言えない。


「俺は、なんにもわかってなかったんだな⋯」

「たつ兄⋯」

「俺のせいで、麻里は⋯。あの誘拐事件だって――」

「あれはっ! ――⋯あれは、たつ兄は悪くないよ」


ガラッと扉が開く音がして、他の客が露天風呂に入って来る。


「そろそろ上がろう。のぼせちゃうよ」


バシャッと水音を立てて、弓弦は風呂から出ていった。


一人残された巽は小さく溜息を吐くと、顔が水面につくギリギリまで湯に沈んで、すっかり暗くなった空を見上げた。



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