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大食漢になりたい人生だった!  作者: 月蜜慈雨


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大食漢になりたい人生だった!





 薬を飲み始めてから、少しずつ、世界が戻ってきた。



 いきなり元通りになるわけじゃない。

 朝はまだしんどいし、外に出るのは億劫だ。その百倍、人に会うのも億劫だ。何も楽しくなくてじっと過ごす時間も、簡単には消えない。それでも、眠れる夜が増え、吐き気が引き、頭の中で言葉が飛び交うようになった。



 生きてる。



 そんな感覚が、たまに戻ってくるようになった。



 食べることは、まだ簡単じゃなかった。

 食べたい気持ちはあるのに、身体がついてこない。少し食べただけで胃が重くなり、無理をすると吐いてしまう。だから、少しずつ、少しずつだった。



 砂糖入りミルク。

 砂糖入りミルク。

 偶に固形物。吐く。

 砂糖入りミルク。



 それでも、口に入れて、飲み込めたとき、確かな達成感があった。

 今日はこれだけ食べられた。

 それは、生きている証拠。



 思えば、私はずっと昔、子どもの頃から、たくさん食べることに憧れていた気がする。



 たくさん食べて、元気に動いて、眠って、またお腹が空く。

 そんな当たり前の循環を、どこか遠くの世界のものみたいに感じていた。



 子どもの頃から胃腸が弱かったが、大二で過敏性腸症候群になって以来、大学生の頃も、大学院の頃も、会社にいた頃も、そして断薬期間も、食べることはいつも最初の優先順位だった。身体の欲求より先に、刺激や食べたときの幸福感で不安や責任を誤魔化す為、食べ続けてきた。



 食べられないは、私にとって、体調不良のサインであり、生きる余裕が削れている合図だった。



 生活保護を受け、薬を再開し、ようやく時間が動き出した今、私は初めて、自分の身体を取り戻そうとしている気がする。



 改めて気づいたのは、私はそんなに食べなくても生きていけるということ。大食家ではなく、小食よりも少し多めに食べれる程度であることが分った。

 今回の騒動で、食べることへの呪縛が、薄れた気がする。お腹が空いたら食べればいいし、空いてなくても食べたければ食べればいいのだ。



 何かを成し遂げたいわけじゃないし、立派な回復でもない。



 ただ、ちゃんとお腹が空いて、ちゃんと食べて、ちゃんと眠る。

 それができる日が、増えていけばいい、そう願い生きる日々。



 このエッセイを書きながら、私は何度も過去の自分を振り返った。

 両親の離婚に立ち尽くしていた私。

 理論物理から降りた私。

 会社を辞めた私。

 生活保護を申請した私。

 薬のない地獄を、耐えていた私。



 どの私も、みじめでかっこよくはなかった。

 正解ばかり選んできたわけでもない。

 でも、一つだけ共通していることがある。



 全部、生き延びようとしていた。



 選択はいつも、ぎりぎりで、迷いも、後悔も、恐怖もあった。

 それでも、ギリギリで生きることだけは、諦めなかった。



 今の私は、まだ途上だ。

 元気いっぱいとは言えないし、未来が見えているわけでもない。



 それでも、願うことはできる。



 来世があるなら、次はもう少し、身体が丈夫だといい。

 胃腸が強くて、何でも美味しく食べられて、今日は何食べようかななんて、呑気なことで悩める人生がいい。



 たくさん食べて、たくさん笑って、もう無理じゃなくて、お腹いっぱいと言える日常。



 来世は胃腸が強い人になりたい。

 大食漢になりたい人生だった!





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