断薬期間
前提として、私は双極性障害です。
十一月から一月半ばまで、私は薬のない時間を生きていた。
理由は単純で、どうしようもなかった。
保険がなかった。マイナンバーカードもなかった。生活保護は申請中で、手元にお金はほとんどなかった。精神科に通えないということは、精神疾患の薬が手に入らないということだった。
十一月、残っていた薬を、少しずつ、少しずつ飲んだ。
いつ無くなるか分かっているものを飲むのは、怖かった。
十二月に入る頃、とうとうそれも尽きた。
それからは端的に言って、地獄だった。
眠れなかった。
正確に言うと、夜に眠れないまま、明け方まで天井を見つめていた。身体は疲れているのに、脳だけが止まらない。考えたくないことばかりが、勝手に浮かんでくる。
希死念慮は、常にあった。
具体的な計画があるわけではない。ただ、消えたい、起きなければ楽なのに、という考えが、背景音みたいに鳴り続けていた。
身体も壊れていった。
胃腸が荒れ、何かを食べるたびに吐いた。最初は食べ物だけだったのが、そのうち水も受け付けなくなった。吐くものがないのに、身体だけが吐こうとする感覚が続いた。
ある夜、あまりにもおかしくなって、#7119を押したことがある。
冷静に判断した結果ではなかった。ただ、このままだとまずいという感覚だけで、指が動いた。
それでも、入院にはならなかった。
ならなかった、というより、ならずに済んだ、という方が近い。
今振り返ると、私の状態は、思っていたよりずっと危なかった。
ワンチャン入院、という言葉が、現実的な距離にあった。
十二月から一月半ばまで、私はほとんどを寝て過ごした。
眠っているというより、意識を落としていた、に近い。
一日が早く終わることだけを、強く願っていた。
朝が来なければいい。
今日が終われば、それでいい。
先のことは、考えられなかった。
断薬は、気合でどうにかなるものじゃない。
根性論が入り込む余地は、どこにもなかった。
そして一月、ようやく転院先の病院で診察を受けることができた。
紹介状もなく、状況を説明して、なんとか時間を作ってもらった。
診察室で、私はほとんど上手く話せなかったと思う。
でも、医師は淡々と状況を聞き、薬を処方してくれた。
薬をもらえたとき、嬉しくて、正直、発狂するかと思った。
大げさじゃなく、これで助かると思った。
薬って、本当にすごい。
数日で、世界の見え方が変わった。
眠れるようになり、吐き気が引き、思考が少しずつ静まっていった。
あの期間を通して、私ははっきりと知った。
精神疾患は、気の持ちようじゃない。
薬は、甘えでも逃げでもない。
断薬期間は、私の人生の中で、確実に最悪の時間だった。
でも同時に、生き延びたという事実が、はっきり残った時間でもある。
あのときの私は、何もできなかった。
ただ、耐えて、時間が過ぎるのを待っていた。
それでも、こうして今、文章を書いている。
それは、あの断薬期間を、越えてきたからだ。
この章は、回復の物語では決してない。
ただ、薬のない状態で、私は生きていた。
それだけの話だ。




