表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大食漢になりたい人生だった!  作者: 月蜜慈雨


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/6

生活保護





 十一月の中旬、私は生活保護を申請した。



 そう書くと、ひどく簡単な出来事のように見える。

 でも実際の記憶は、霧がかかったみたいに途切れ途切れで、感情だけが先に残っている。



 寒かった。

 とにかく、寒かった。



 身体の中心から冷えていく感覚があり、布団に包まっていても、安心できなかった。眠れているのか起きているのか分からない時間が長く続き、食べ物を口にしても、吐いてしまうことがあった。頭の中は常にざわざわしていて、何かを考えようとすると、すぐに疲れ切ってしまった。



 働くことは、もうできなかった。

 貯金も、ほとんどなかった。



「このままでは生活できない」

 その事実だけは、はっきりしていた。



 市役所に行くまでの過程は、あまり覚えていない。どうやって決心したのか、誰とどんな話をしたのかも、曖昧だ。ただ、行かなければならないという感覚に背中を押されて、窓口に座っていた記憶がある。



 生活保護の申請は、思っていたよりも事務的だった。

 責められることも、詰問されることもなかった。淡々と質問が続き、私はそれに答えた。答えながら、自分がいかに何も持っていないかを、言葉にしていく作業だった。



 家庭訪問もあった。

 部屋の中を見せ、生活の様子を説明した。恥ずかしさがなかったと言えば嘘になる。でもそれ以上に、もう取り繕う元気がないという感覚の方が強かった。



 申請が通るかどうか分からない時間は、長かった。

 電話が鳴るたびに、心臓が跳ねた。

 落ちたらどうしよう、という不安が、頭の中を占領していた。



 この頃の私は、常に怯えていたと思う。

 お金がなくなること、住む場所を失うこと、社会から完全に切り離されること。

 それらが一気に押し寄せてくるような感覚の中で、ただ時間だけが過ぎていった。



 そして、連絡が来た。



 生活保護が決まりました、と。



 その瞬間、劇的な喜びがあったわけではない。

 泣き崩れた記憶もない。

 ただ、身体のどこかで、張りつめていた糸が少しだけ緩んだのを感じた。



 振り込みでお金を受け取るようになった。

 口座に数字が並んでいるのを見て、ようやく現実感が湧いた。

 これで、生きていけるんだ。

 そんな考えが、自然と浮かんだ。



 生活保護を受けることは、敗北だと思っていた時期もあった。

 自立できなかった証明みたいに感じていた。

 でも、このときの私は、勝ち負けを考える余裕すらなかった。



 これはまさしく救済であり、生き延びるための、最低限の支えであることがよく分かった。



 鬱が一番強かったのは、確かに十一月だったと思う。

 記憶が曖昧なのは、そのせいだ。

 日付も、会話も、順序も、ところどころ抜け落ちている。



 助けを求めることは、簡単じゃないが、助けを求めなければ、生き残れない時もある。



 十一月の私は、ほとんど何も覚えていない。

 けれど、市役所の窓口に座っていた私、電話の前で震えていた私、口座を見て息を吐いた私、それらは、確かに存在していた。



 今、この文章を書いている私がここにいるのは、あのときの私が、諦めずに申請したからだ。



 生活保護は、私の人生を良くしてくれたわけではない。

 ただ、壊れきる前に、時間を止めてくれた。



 十一月は、そういう月だった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ