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時間戦士は永遠の夢を見るのか・番外編「私と私」

作者: 刹那メシ
掲載日:2026/01/14

これは「時間戦士は永遠の夢を見るのか」本編が始まる以前、アミカナが現代に時間転送される少し前の出来事になります。

<遥か未来、アミカナがダイブする少し前>

 量子力学では、粒子の位置は特定できないという。そこに『ある』とも言えるし、同時に『ない』とも言える。粒子は可能性の雲のように広がり、揺らぎながら存在している。

 では、私はどうなのだろう。ここに『私』がいて、あそこにも『私』がいる時、それは同じ私と言えるのだろうか。同じ記憶を持ち、同じ痛みを知り、同じ選択をしたとしても――

 違う場所で、違う瞬間に、違う呼吸をしている『私』は、果たして『私』なのだろうか。

 もし、私が複数の可能性として広がっているのだとしたら。もし、私の存在そのものが揺らいでいるのだとしたら。

 私は、どこに立てばいいのだろう。どの『私』が、本当の私なのだろう。


 扉が開いた時、アミカナは驚きに言葉を失っていた。

「こんばんは」

 微笑んだミカが挨拶すると、アミカナは、人目を恐れるように彼女の腕を取って強引に中に引き入れ、急いで扉を閉じた。

「規律違反でしょ! どういうつもり?」

 咎めるアミカナの言葉に、ミカは肩をすくめた。

「……あなたと、ちょっと話がしたくて……」

「……ミカ……」

 そう言って、アミカナは苦笑した。

「なんか変ね。ついこの間まで自分だった人に、自分の名前で呼びかけるなんて……。いや、もう自分の名前じゃないか……」

 しげしげとミカを見つめる。ミカもアミカナを見つめていた。

「……紅茶、入れようか?」

「そうね。お願い」

 アミカナに促されて、ミカはソファに座った。

「私が起動した時、オペレーションルームにいたよね?」

 カップを用意しながら、アミカナは背中でミカに語り掛ける。

「ええ」

「どうして? 私を複製する前には、そうしようとは思ってなかったはず」

 そう、つい最近まで、二人は一つの人格だった。ミカと全く同じ身体的特徴を持つアンドロイドの量子頭脳に、彼女のニューロン・ネットワークが複製され、アミカナが作り出されたのだ。だから、アミカナは、彼女が複製される直前までの記憶をミカと共有している。

「今回は、あなたが……作られていく様子を見せてもらおうと思ったの」

 ミカが言うと、アミカナは笑う。

「それは知ってる。技官を説き伏せるのに随分時間がかかったよね」

 二人は目を合わせると、同時に技官の言葉をまねた。

「「ほんの少しでいい。私の立場も理解してくれ」」

 ……これが、自分が複製されるということか……

 笑いながら、ミカは呟いた。まるで、二人でその場にいたような会話だ。二人とも、自分の記憶として、技官とのやり取りをしっかり覚えている。

「……で、実際にそれを見て、心境の変化があった訳ね?」

 そう言って、アミカナはテーブルの上に二つのカップを置いた。

「大丈夫? あなた、飲めないでしょ?」

 ミカが言うと、アミカナはハッとした。

「ああ、そうか!」

 戦闘特化型アンドロイドのアミカナからは、飲食する機能が省かれていた。水を燃料とする彼女は、水さえあれば無限に活動できる。アミカナは苦笑した。

「そのうち、何かやらかしそうね」

 そういうと、彼女はシンクに戻り、水を汲んで戻って来た。

「食いしん坊だもんね?」

 ミカがからかうと、一瞬眉を顰めたアミカナは、鼻を鳴らした。

「知ってる? 私はもう太ることを気にしなくていいの。そっちこそ気を付けて!」

 ミカはカップを手にした。どちらからともなく容器を合わせる。

「何に?」

 ミカが聞くと、少し考えたアミカナは、芝居がかったように言った。

「じゃあ、優良オリジナルの記録更新に」

「やめてよ」

 苦笑しながら、ミカはカップを掲げた。アミカナもグラスを掲げると、一口水を口にした。

「……で、どうしたの?」

 ミカの横に腰を下ろしながら、視線を合わせずにアミカナは聞いた。

 ミカは人差し指で鼻先を擦った。

「……あなたが、作られていく様子を見て……寂しくなったの」

「寂しくなった?」

「そう。何か……自分が削られていくような気がして……」

 眉を顰めるアミカナの顔を、ミカはじっと見つめた。カップを置くと急に腰を上げる。

「……ねえ……」

 アミカナの前に立ったミカは話しかけた。

「……いい?……」

 ミカの意図を察したアミカナは戸惑ったように目を伏せたが、やがて立ち上がった。

「……ええ……」

 向き合った二人は、ゆっくりと近づくと、おずおずと互いの背中に手を回し、ぎこちなく抱き合った。

「……どう?……」

 暫くして、アミカナが聞く。

「そうね……。バストが大きい。あと、ウエストが細いかな?……」

 ミカが答えると、アミカナは苦笑した。

「自分で言うな」

「そうね……」

 二人で笑い合うと、アミカナは息をついた。

「……私の体、冷たいでしょ?……」

 彼女の問いに、ミカは答えることができなかった。

「……ミカ(あなた)は温かい……」

 ミカはハッとした。アミカナがミカを抱きしめる腕に力が入る。

 ミカは思わず強く抱きしめ返した。

 ……ああ……

 隠していた気持ちがこみ上げて、ミカは目を閉じた。

 ……やっぱり、会うべきじゃなかった……

「……ミカ?……」

 やがて、アミカナが戸惑ったような声を上げる。

「……もう、いいんじゃない?……」

「……ごめん、もう少しだけ……」

 ミカには、表情を取り繕うだけの時間が必要だった。それを察したかのように、アミカナはミカの背中をゆっくりと擦った。

 どれだけ時間が経ったのか、引き合う磁力から逃れるかのように、ようやくミカは体を離した。

「……ごめん。もう帰るね……」

 一度目を伏せた後、ミカは笑顔でアミカナを見た。

「……うん……」

 アミカナも微笑み返す。

 戸口へと向かうミカの背中に、彼女は声をかけた。

「ミカ!」

 振り返ったミカに、彼女は笑顔を見せた。

「……私は……大丈夫だから……」

 ハッとしたミカは、それに答えることができなかった。そのまま戸口へと行くと、アミカナに向かってそっと右手を挙げ、そして廊下に出た。


 寂しかったわけではない。アミカナが作られる様子を見、そして彼女が起動する瞬間を目にして、ミカは悟った。アミカナはコピーではない。使い捨ての機械だ。その、やがて廃棄される機械の中に、自分と同じ精神が閉じ込められている。私の選択が、彼女を作ってしまった……。だが、彼女を憐れむことはできない。もし私が彼女だったら、自分の選択を、自分の覚悟を侮辱されたと思うだろう。

 数歩歩いて、ミカは廊下の壁に寄りかかった。暗い天井を仰ぐ。

 彼女に「寂しくなった?」と聞き返された時、私は目を逸らしそうになった。きっと彼女は気付いている。本当は私が何を思っているかを……。だって、彼女は私だもの……。

 涙が頬を伝っていた。

「ミス・アンダーソン」

 低い声が聞こえた。顔を向けると、銃を構えた憲兵が二名立っていた。

「規律違反ですよ」

 そう言われて、ミカは壁から身を離した。ゆっくりと手の甲で涙を拭う。

「……分かっています」

 まだ濡れている頬のままで、彼女は答えた。

「同行願います」

 憲兵に促されて、ミカは廊下を歩き出した。ラキシス機関は分かっていた。オリジナルとコピーが接触することで、双方の精神に重大な乱れが生じることを――

 ふと立ち止まったミカは、アミカナの部屋のドアを振り返った。

 ……だが、見なかったからといって、それが無くなる訳ではない……。捨てられる者の苦しみは、捨てる者の罪悪感として、しっかりと胸に刻む必要がある。彼女達のおかげで、世界はありのままの姿を保っているのだ……

 そう、私は削られていく。捨てられる彼女も私だから。だから、削られる痛みがある限り、ミカ(わたし)アミカナ(わたし)を覚えていられる。彼女のために私ができることは、それ位しかないのだ……。

 ミカは再び廊下を歩き出した――


挿絵(By みてみん)

お読み頂きましてありがとうございます。番外編も今回で20編目。遂に本編の話数を超えました。次の番外編に関しては、「時間戦士は永遠の夢を見るのか・時系列まとめ」で[1/21公開予定]という箇所を探して下さい。ここまでお付き合い頂きまして、本当にありがとうございました。

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