現場描写 ― カミラの登場
――雷鳴が、谷を裂いた。
その白い閃光が一瞬だけ夜の闇を引き裂き、崖下に広がる惨状を照らし出す。
雨は横殴り。泥は流れ、血と煤が混ざりあう。
砕けた車輪、ねじれた鉄枠、千切れた外套の切れ端。
それらが水流に押され、ゆっくりと谷底を滑っていく。
「こちらです――!」
兵士の叫びが、雨音にかき消されながらも届く。
松明がいくつも掲げられ、橙の光が雨粒の幕に滲んだ。
カミラ・フォルティスは、無言でその光の中心へ歩み寄る。
長靴が泥を踏むたびに、水が跳ね、冷たいしぶきが外套を濡らす。
彼女は立ち止まり、ゆっくりと膝をついた。
焦げた木片を手で払いのける。
その下に見えたのは、焼け焦げた腕――そして、指に嵌められた銀の指輪。
王家の紋章が、雨に洗われて鈍く光った。
「見つかりました……王家の印章です。」
報告する兵士の声は震えていた。
カミラはしばらく黙したまま、その指輪を見つめた。
雨粒が顎を伝い、唇に触れても、彼女の表情は変わらない。
ただ、短く息を吸い込み、低く言った。
「……ルーク殿下、確認。」
その瞬間、周囲の兵たちが息を呑む。
誰もが言葉を失い、ただ雨音だけが支配する。
感傷の余地など、ない。
この夜から、“王国”は別の形に変わっていく――
そう告げるかのように、再び雷が、遠くの山を白く照らした。
【発見 ― “楔”の痕跡】
カミラは泥に膝をついた。
雨が止む気配はなく、松明の炎が激しく揺れるたびに、崖下の闇が息を吹き返すようにうごめく。
車輪の残骸――ねじ切れた鉄の軸に、彼女の視線が止まった。
そこには、ただの破断では説明のつかない“痕”がある。
まるで何かが、意図的に切り裂いたような――。
彼女は手袋をはめ直し、泥を指で払う。
その瞬間、指先に何か硬いものが触れた。
――カチリ。
わずかな感触のあと、雨に濡れた泥の中で、鈍い金属の光がきらめく。
カミラは静かにそれを掘り出した。
掌に乗せたのは、錆びついた金属製の楔。
先端には焼け焦げの痕――摩擦で熱を帯びた証拠だ。
「……楔の跡。」
低く呟いたその声は、雨音にも負けず、はっきりと響いた。
「自然の破損じゃありませんね。」
背後で息を呑む音。部下が、おそるおそる口を開く。
「つまり……」
カミラは視線を崖の上へと向けた。
黒雲の向こうで雷が走り、白い閃光がその横顔を照らす。
その瞳は冷たく、しかし確信に満ちていた。
「――誰かが、“落とした”のよ。」
再び雷鳴。空気が震え、兵たちが思わず身をすくめる。
だがカミラだけは微動だにせず、楔を見つめたまま、静かに立ち上がった。
その手の中で、雨に濡れた金属片が微かに光る。
まるで、それがこの夜の“真実”を照らし出しているかのように。
カミラは掌の楔を見つめたまま、微動だにしなかった。
雨が頬を打つ。だが、それすらも感じていないように。
怒りはない――少なくとも、表面には。
代わりに、心の奥では“冷たい炎”が静かに燃えていた。
(……これは、偶然じゃない。
誰かが、計算してこの道を選ばせた。
そして、確実に“落とした”。)
カミラは視線を崖上へと向ける。
そこにはまだ、王都へと続く街道の影。
――あの先に、指示を出した者がいる。
(ならば、私は辿る。
この計算を組んだ“手”を、ひとつ残らず暴くまで。)
彼女の脳裏に、アランの顔がよぎる。
いつも机に向かい、理詰めで真実を求め続ける主――その背中。
(あなたなら、きっと言うでしょうね。“隠すな”と。
……ええ、アラン殿下。私は隠しません。
この手で、必ず掴み取ってみせます。真実を。)
雨脚が強まる中、カミラは楔を懐に収め、立ち上がった。
その瞳には怒りではなく、確信が宿っている。
まるで、嵐の中で唯一の羅針盤のように――冷たく、まっすぐに。
雨脚が、まるで怒りを宿したように一層強まった。
崖下の谷は白い水煙に覆われ、松明の炎が風に煽られて不安定に揺れる。
一つ、また一つと、炎が吹き消され――夜の闇がじわじわと押し寄せてくる。
カミラは足元の泥を踏みしめながら、背を向けた。
声を上げる部下たちに、短く命を下す。
「……遺体を運べ。報告は“事故”として出す。
――だが、現場の記録はすべて、私の手元に集めろ。」
その声は低く、冷たい。
だが、震えひとつない。
部下たちが慌ただしく動き出す中、カミラだけがその場に残り、
ゆっくりと顔を上げた。
崖の向こう――雨に煙る王都の方角を見据える。
瞳の奥に、ひとすじの確信と痛みが交錯する。
「殿下……本当に“視察”だったんですか。」
その呟きは、雨音に掻き消された。
轟、と雷鳴。
光が一瞬、黒雲の裂け目を貫き、カミラの横顔を照らす。
そして次の瞬間、雨の幕がすべてを覆い隠した。
――グレイス峠の惨劇。
その報せが王都へ届くのは、わずか数時間後のことだった。




