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王国爆死録 ヴァルハイト王国 暗殺連鎖〜爆破テロ  作者: 南蛇井


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国家崩壊

王都の中央――かつて権力の心臓であった議会は、いまや黒い瓦礫の山にすぎなかった。

大理石の柱は根元から裂け、天井だったはずの鉄骨が地を刺している。

灰が舞い、空にはまだ煤が滞留していた。

太陽は薄い赤を帯び、焦げた空気の中で輪郭を失っている。


礎石の上に、かろうじて残った石段があった。

そこに、一人の書記官が腰を下ろしていた。

灰色の外套はところどころ焼け焦げ、指先は黒く汚れている。

彼の膝の上には、焼け残った一枚の紙――憲章の断片。

そこにはかつて、数百の署名が並んでいた。

いまは、灰にまみれたインクの滲みしか残っていない。


風が吹き、紙片が彼の手から離れる。

それは空中でひと回りし、光を受けて灰色の粒となり、崩れた議場の奥へと消えた。


男は小さく呟く。

「……署名する者が、もういない。」


その声に応える者は、誰もいなかった。

崩れた円形議場の中に、かつての議員たちの椅子が無惨に転がっている。

名札も、議題も、討論も、記録も――すべてが灰になった。


暴力による奪取ではなかった。

敵が攻めてきたわけでもない。

ただ、“意思”が途絶えたのだ。


王国という巨大な機構を動かしていたのは、言葉と決断だった。

しかし、いまやその言葉を紡ぐ者がいない。

残ったのは、形を失った権威と、燃え尽きた制度の残骸。


書記官は立ち上がり、瓦礫の隙間を見渡す。

焦げた議場の中央――そこには、議長席の残骸があった。

彼は一瞬だけ目を閉じ、深く息を吸う。

鉄の味がした。


政治の空白とは、奪われた場所ではなく、

「誰も動かそうとしない静止」によって生まれるもの。


彼はそれを理解していた。

そして、その静止の中で、国という名の“構造”が、静かに死に始めていた。



王都の中央――かつて国の理性が集った議会は、いまや廃墟だった。


円形の議場は天井ごと吹き飛び、柱は黒く焼け落ち、床一面には灰と砕けた硝子が積もっている。

風が吹くたび、焼け残った紙片が舞い上がり、崩れた礎石の上で光を受けて銀灰色にきらめいた。

それらはすべて、かつてこの国を動かしていたもの――法案、名簿、議事録、そして憲章の原本。

どれも今では、指先で触れただけで崩れてしまうほど脆い。


黒焦げの石段に、一人の書記官が腰を下ろしていた。

年老いた男だった。

制服の袖は破れ、煤で黒く染まっている。

彼は両手に、一枚の紙を抱えていた。

それは、かつて議員全員の署名が並んでいた名簿の一部――だが、署名はすべて燃え落ち、ただ焦げた縁だけが残っていた。


男はしばらくそれを見つめ、乾いた唇を開いた。


「……署名する者が、もういない。」


その言葉は、風の音にすぐかき消された。

返事をする者もいなければ、記録する者もいない。

ただ、崩れた天井の隙間から落ちる光だけが、ゆっくりと男の肩を照らしていた。


ここには、もはや“国家”という仕組みを動かすための手も口もなかった。

奪われたのではない。

滅ぼされたのでもない。


――意思が、消えたのだ。


人が決め、署名し、声を上げることをやめたとき、

制度は音もなく死ぬ。


風がまた吹き抜け、灰を巻き上げる。

書記官は立ち上がらず、ただそれを見送るように目を細めた。

彼の背後で、議場の残骸が軋む。

その音が、まるで死者の息のように響いた。


“言葉の終わり”――

それが、この国の崩壊の始まりだった。



焦土の中央に、一本の塔が残っていた。


それは、かつて軍部の心臓だった通信司令塔――いまでは、骨のようにむき出しの鉄骨だけが空を指している。

錆びたアンテナが風に鳴り、途切れた電流が「ジ……ジ……」と死にかけの脈を打つ。

焦げついた送信盤のランプが、ひとつ、またひとつと弱々しく瞬いた。


塔の根元には、数名の将校たちがいた。

制服は煤と血に汚れ、階級章も焼けている。

彼らは、崩れた通信盤の前に立ち、もはや届かぬ電波を呼びかけ続けていた。


「こちら中央司令部、応答せよ――」

「南部防衛線、応答を――!」


返ってくるのは、雑音だけ。

風の音と、金属が軋む声と、誰かの息。

その沈黙の向こうに、まだ部下たちがいると信じて。


だが、届いたのは数時間遅れの断片的な報告だけだった。


「南部防衛線、孤立。援軍なし。」

「西部都市、独自に封鎖を開始。」


その文字を読んだ瞬間、ひとりの将校が拳を握りしめ、紙を潰した。

誰も何も言わない。

命令を出しても、誰も動かない。

いや――届かないのだ。


通信が死ねば、軍は群れを失った獣になる。

各地の部隊は、それぞれの判断で動き始め、

秩序という名の糸が静かに切れていった。


指揮官は最後の無線機のスイッチを入れ、

声にならない声で呟いた。


「……命令は、まだ……ここに……」


その言葉も、電流の音に飲み込まれる。


鉄塔が風に軋み、

まるで応えるように、錆びたアンテナが震えた。


だが、それは返答ではない。

ただ、この国の“沈黙”が、音を持っただけだった。


爆発から七日。


その頃には、国という形はもう残っていなかった。


街ごとに掲げられていた国旗は、焼け焦げ、誰も新しいものを掲げようとしない。

それぞれの都市は、自分たちの門を閉じ、壁を修復し、外との往来を止めた。

理由は簡単だ――外に助けはない。


東の交易都市では、商人たちが金庫を守るために私兵を集め、

北の鉱山都市では、坑夫たちが武器を鍛え、通路を封鎖した。

南の農村では、領主の代わりに農民が見張り台を建て、夜警を組む。

「防衛」という言葉が、いつのまにか「排除」に変わっていた。


彼らは同じ言葉を話し、同じ貨幣を使い、同じ祈りを口にする。

だが――もはや互いを“同胞”とは呼ばなかった。

「外の者」「他所の街」「あの地方」

かつて“国”が一つにした言葉は、今や境界線を描くための刃になっていた。


地図の上には、まだ国境がある。

けれど、それはただの線にすぎなかった。

その線を意味づける“意志”が、誰の心にも残っていない。


北の防衛塔の見張りが、夜空を見上げる。

赤黒く濁った星の下、彼はかすかに呟いた。


「……俺たちは、どこの国の兵なんだ?」


誰も答えなかった。

風が吹き抜け、遠くの街の鐘が、歪んだ音で鳴った。


それは、もう同じ時を刻んではいなかった。



爆発から十日。


古びた作戦室の奥、焼け焦げた扉を押し開けると、

かつての参謀たちが使っていた机が一つだけ残っていた。

その上には、半分焦げた地図――王国全土の軍略図が広げられている。

ところどころが煤に覆われ、赤いピンの刺さった都市の名前は読めない。


ピンの位置は、かつて防衛線を意味していた。

補給路、通信拠点、兵站都市――

だが今、その下にある“現実”は、もうどこにもない。

地図の上では生きているはずの都市が、現実では灰と化している。


生き残った士官が、煤まみれの指で地図の端をなぞる。

線はまだつながっている。

けれど、それはただの“記号”にすぎなかった。


「地図上では、確かにひとつの国がある。」


彼はそう呟き、しばらく黙った。

目を落とした先には、かつての首都を示す黒い印。

そこには、もう何もない。


「――だが、そこには意思がない。」


その声は、崩れかけた天井に吸い込まれるように消えた。


外では風が吹き、瓦礫の隙間で古い国旗が音もなく裂ける。

布片が一枚、ふわりと浮かび上がり、

やがて地図の上に落ちた。


その瞬間、紙の上の国は、まるで現実から剥がれ落ちるように見えた。


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