王都への波及――「中心が消えたあと、世界はまだ続こうとした。」
白光が王城の心臓から走り出した。
最初はひとすじの線だった。
けれど次の瞬間、それは輪となり、波となり、現実の皮膚を裏返すように王都の大地を走った。
空気がわずかに震える。
まだ音はない。
ただ、世界が息を呑むような静けさがあった。
遠くの塔の旗が、風もないのにひらりと翻る。
露台に立っていた鳩が、光の気配に驚いたように一斉に飛び立つ。
羽音すら届かない。
彼らの白い翼が、地上の光の輪と重なって、まるで空までが発光しているように見えた。
街はまだ知らない。
この静寂が、音よりも早く迫っていることを。
やがて――
遠くの空から、空気そのものが“押し寄せる”ような圧が来た。
波が街を包み込む。
見えない手で押されたかのように、屋根瓦が揺れ、窓の隙間の埃が舞い上がる。
世界がわずかに、歪んだ。
音より早く、破滅は届いた。
ChatGPT:
最初の波が、街を舐めるように走った。
風――と呼ぶには重すぎる。
それは押し流す圧力の壁だった。
王都の第一環状通り。
瓦屋根が波打つ。
まるで海のように、揺れ、軋み、割れていく。
積もった埃が爆ぜ、街の空気そのものがひっくり返るように舞い上がる。
石畳が鳴いた。
亀裂が蜘蛛の巣のように広がり、地面が震えながら呼吸する。
木造家屋が軋みを上げ、梁が悲鳴をあげながらねじ切れる。
――その中で、少年がいた。
耳を押さえ、地面にうずくまる。
母親が覆いかぶさるように抱きしめる。
風圧で髪が宙に浮き、砂が頬を削る。
何も聞こえない。ただ、空気の震えだけが世界を叩いていた。
露店の果実が風に散った。
赤、黄、緑――色の粒が宙に舞い、空気の奔流に呑み込まれていく。
商人の身体が弾き飛ばされ、看板が折れ、木片が回転しながら空を裂く。
横転した馬車。
鉄輪が軋み、馬が悲鳴を上げて前脚をばたつかせる。
兵士たちが砂煙の中を駆け、崩れゆく通りで叫ぶ。
「全員、南門へ避難を――ッ!」
声は風に千切れ、響きの輪郭を失っていく。
轟音――ではない。
ただ、空間が押し潰されるような低い圧。
空の底から響くような、地鳴りにも似た“息”の音。
次第にそれが、ガラスの破裂音、鉄の歪む悲鳴と混ざり合う。
無数の音が連鎖し、絡み合い、
やがて一つの巨大な塊となって――王都全体を飲み込んだ。
光は、城から放たれた瞬間、世界の骨を伝って走った。
それは破壊ではなく――発火だった。
王都が、まるで生き物の神経網のように脈打ち、
白光の線が街路を、塔を、運河を走り抜けていく。
一瞬で、都市全体が“ひとつの心臓”になった。
雲が震える。
天の皮膜に、見えない指で裂かれたような亀裂が走った。
それは稲妻ではない。
稲妻が地に落ちるのではなく――空が地へ向かって“開いた”のだ。
雲の断面を、白光が貫く。
その閃光は、まるで天へ逆流する雷。
現実が反転し、空気が悲鳴をあげる。
粉塵が舞う。
瓦礫が陽光を受け、まるで金砂のようにきらめく。
その光景は、あまりに美しく、あまりに静かだった。
だが、その美の下で――人々の影が、点のように散っていった。
誰かの腕が、誰かの声が、光に溶けて消える。
時間はゆっくりと、残酷なほど穏やかに流れていく。
「誰も、空が割れる音を聞いたことはなかった。
それは、世界が自らを閉じようとする音だった。」
その言葉のあと、空は完全に断絶する。
天と地が切り離され、
白光の裂け目だけが――“終わりの境界線”として残った。
軍部司令塔の床が震えた。
壁に埋め込まれた魔導通信盤が赤く点滅し、
通信士たちは次々とヘッドセットを外して叫ぶ。
「信号、途絶! 全系統、沈黙しました!」
「補助回線も応答なし! これは――」
言葉の続きを、天井の崩落が遮った。
鉄骨が軋み、魔導通信器が火花を散らして破裂する。
青白い閃光が走り、管制室を一瞬だけ昼のように照らす。
その光の直後――静寂。
だがそれは、嵐の“吸い込み”に似た一瞬の虚無だった。
次に、世界が割れた。
王都の中央広場。
かつて人々の憩いの場だった噴水が、
轟音とともに蒸発した。
水が熱に変わり、霧が渦を巻いて風に散る。
白い粒子が舞い上がり、それが陽光を乱反射させる。
街はもう、色を持たない光の海の中にあった。
逃げ惑う群衆。
母親が子を抱きしめ、兵士が崩れた街路を指差して叫ぶ。
「北門は崩落! 南へ迂回を――!」
その声は、音として届かない。
空気そのものが震えて、言葉を飲み込む。
やがて、広場の塔が軋む。
鉄の骨が悲鳴を上げ、ゆっくりと傾く。
その影が、逃げる人々の列に落ちた。
光が一瞬だけ黒く変わり――
そして、全てを包み込むように崩れた。
遠くで、雷鳴のような連鎖爆発音。
それはもはや“音”ではなく、地そのものの呻き。
建物、声、命、記憶。
全ての断末魔が混ざり合い、
やがて一つの巨大な地鳴りへと変わっていく。
地平の上で、世界が低く唸った。
白光が、収束した。
それは爆発の終わりではなく、世界そのものが“息を止めた”瞬間だった。
視界は徐々に色を失い、赤も青も消え、灰だけが残る。
粉塵が静かに舞う。
風は、もう吹かない。
空はひび割れたまま、ねじれた布のように動かない。
遠くに見えるのは、崩れた城の影――いや、その「形の名残」だけ。
音もなく、時間が止まっていた。
瓦礫が宙に浮いたまま、落ちることを忘れたように見える。
焼け焦げた金属の匂いが、静寂の中で重く漂う。
一羽の鳥さえ、飛ばない。
ただ、灰色の空の下で、
世界が――終わりの余韻を抱いたまま、静かに凍結していた。




