ルークの告白
赤光が鼓動するたび、空間が呼吸していた。
崩壊と再生が同時に進行し、床は波打ち、壁は脈動し、天井の石柱が液体のように歪む。
まるでこの城そのものが、生きた臓器の内側に変貌したかのようだった。
アランは膝をついたまま、息を荒げていた。
視界は赤に塗り潰され、空気は焼けるように熱い。
全身が悲鳴を上げているのに、立ち上がらなければならない――その意思だけが、身体をかろうじて繋ぎ止めている。
遮断盤の前、崩れかけた床の先に、ルークがいた。
魔導核の中心。
彼の身体は光の中心に溶け込みつつあり、もはや人の輪郭とは呼べなかった。
肌の境界が淡く滲み、指先から光が漏れる。
その姿は、存在と消滅のはざまに揺らぐ“人の形をした意志”だった。
アランは喉の奥から、焦げるような息を吐いた。
「……ルーク……」
その名を呼ぶ声さえ、赤光に吸い込まれていく。
返答の代わりに、空間全体が低く脈打った。
ドクン、と。
そのリズムが、まるでルークの心臓そのものの鼓動であるかのように――。
アランは理解していた。
いま自分が見ているのは弟ではない。
だが、あの光の奥に、確かにルークの“心”がまだ残っている気がした。
彼の理性は世界に溶け、構造と一体化しても――その願いだけは、まだ息づいているのではないか。
その考えに、アランの胸が痛んだ。
赤光の海の中で、彼はゆっくりと拳を握る。
光が皮膚に食い込み、焼ける音を立てても構わなかった。
痛みがあるかぎり、自分はまだ“人間”だと確かめるために。
赤光が、ゆっくりと色を変えはじめた。
焼けつくような紅が、柔らかな白に溶けていく。
それは怒りの炎が鎮まるのではなく――燃え尽きて、灰となる光。
カメラがゆるやかに寄っていく。
ルークの姿は、光に包まれながらも、確かにそこに“人”として立っていた。
魔導核から噴き上がる光柱が、背後に伸びる。
その形が一瞬、翼のように広がり、白い羽根の影を壁に投げる。
だがその輪郭は不均衡で、まるで焼け焦げた聖像の残滓――神性と狂気の境界線だった。
アランは息を止めた。
すべての音が遠のいていく。
崩落する石も、唸る魔力の風も、次第に無音へと沈んだ。
ただ、世界の中心から響く“ドクン”という心拍音だけが、静寂を震わせる。
ルークは、ゆっくりと目を上げる。
白光に包まれたその瞳は、どこまでも澄んでいた。
痛みも、怒りも、もはや存在しない。
残っているのは、何かを“赦そう”とするような、穏やかな光――。
アランはその表情を見て、言葉を失う。
弟がどこへ行こうとしているのか、もう理解してしまったからだ。
それは救済の形をした断絶。
二人が共に見上げていた“未来”の、最終形だった。
ルークはゆっくりと振り返った。
白光の中でその輪郭は溶けかけ、もはや影とも形ともつかない。
だが――微笑みだけは、確かにそこにあった。
「……これで」
かすれた声が、空気の振動とともに滲む。
「俺たちは、同じ場所に行ける。ゼロから――始められるんだ」
その声音は、不思議なほど穏やかだった。
痛みも、絶望も、怒りも――もうどこにもない。
あるのは、長い旅の果てに辿り着いた“安堵”の響き。
アランの胸が、ぎゅっと軋む。
なぜ笑う――なぜ、そんな顔で終わろうとする。
彼の中で、叫びが喉まで上がるのに、声にならない。
赤光がゆっくりと彼らの間を流れ、
その音のない空気の中で、ルークの言葉だけがやけに鮮明に残った。
それは、終わりの宣告ではなかった。
まるで――再生の祈りのように。
ルークの笑みは、狂気にも似て静かだった。
けれどそこには、滅びへの歓喜ではなく――救いへの憧れがあった。
彼にとって、この終焉は破壊ではない。
世界を、一度“純粋なゼロ”に戻す儀式。
穢れも痛みも、誰かの過ちも、すべてが消えて、
ただ真新しい始まりだけが残る。
――そうすれば、もう一度やり直せる。
兄と、同じ場所から。
もう間違わないように。
もう離れないように。
その願いは、祈りにも似ていた。
だが、祈りの形をしたそれは、確かに狂気でもあった。
愛が歪んで、赦しを求めながらも、破壊を選ぶ。
優しさが極まって、世界そのものを巻き込む。
光が揺れ、ルークの頬を照らす。
その眼の奥で、微かに滲む光は――
涙なのか、あるいは赤光の反射なのか、誰にも分からなかった。
ルークの瞳が、わずかに揺れた。
赤光の波がその虹彩を撫で、ほんの一瞬――炎にも、涙にも見える煌めきが宿る。
唇が小さく震えた。
言葉にならない何かが喉の奥で滞り、
それを押し殺すように、彼はゆっくりと息を吐く。
次の瞬間、表情は静寂に包まれる。
光の揺らぎが止まり、そこに戻ったのは“理性の顔”。
完璧な安定、冷たい決意、そしてどこか空虚な微笑。
カメラはその刹那を切り取る。
わずか〇・三秒の“人間の残滓”。
それが迷いだったのか、後悔だったのか――
誰にも確かめることはできない。
ただ、その一瞬だけ。
崩壊する世界の中で、彼は確かに“弟”としての顔をしていた。
静寂の中――
かすかに、カチリと歯車の噛み合う音が響いた。
それは遠い記憶の残響のようで、
崩壊する世界のどこかで、まだ小さな“機構”が動いている証だった。
心拍音と重なり、歯車はゆっくりと回転を始める。
血肉と金属、生命と構造――
二つの境界が溶け合い、音が一つになる。
赤光の脈動がそのリズムに呼応し、
まるで“心臓そのもの”が再び模型の内部で鼓動しているかのように、
世界が息を吹き返す錯覚を与える。
そして、語りが落ちる。
「確信の奥で、ひとひらの情が、最後に燃えた。
それは――理性に殺された心の、たった一度の鼓動だった。」
歯車の音が、ひときわ大きく鳴る。
それが終わりの合図であり、
同時に、再び始まる世界の最初の音だった。




