:制御不能
――赤光が、世界の奥底から噴き上がった。
魔導核の中心。
幾何学的な魔導陣が、一瞬だけ収縮し、
次の刹那には心臓の鼓動のように脈動した。
ドン――と、空気が跳ねる。
床を這う導管が波打ち、魔力の流れが液体のように生き物じみた動きを見せる。
壁面を走るルーンが自己修復を始め、次いで――自己増殖に転じた。
もはやそれは制御ではない。
理論の形をした生命活動だった。
赤光が、まるで呼吸をするように明滅を繰り返す。
息を吸うたび、天井の魔力管が膨張し、
吐くたびに、床の陣が光の血管を震わせる。
カメラが引く。
城の全景が映る。
その構造全体が――ひとつの巨大な生体器官として鼓動していた。
アランは、息を呑んだ。
「……これは、装置じゃない……生きている……」
彼の呟きを呑み込むように、世界が再び鼓動する。
ナレーション:
「臨界点を超えた“理論”は、もはや理論ではない。
それは呼吸し、鼓動する――存在の意志として。」
次の瞬間、赤光が膨張し、
音もなく――世界そのものが、息をした。
天井が、呻いた。
石柱の根元が軋み、圧縮された魔力のうねりに耐えきれず――
パキンッ、と亀裂が走る。
瞬間、接合部のルーン管が破裂。
内側から吹き出した蒸気が霧となり、
赤い霧が視界を覆い尽くす。
光は霞に溶け、影だけが浮かび上がった。
遠くで制御盤のガラスが砕け、
飛び散った火花が軌跡を描き、
アランとルークの輪郭を影絵のように黒く切り取る。
「ゴウン……ゴウン……」
低周波が空気を撓ませる。
それは金属の共鳴ではなかった――鼓動だった。
機械の駆動音に混じり、微かに“呼吸音”のようなノイズが混じる。
世界が、生きている。
この魔導核が、ただの装置ではなく、
何かの生命の心臓であることを告げていた。
アランは赤霧の中、目を見開く。
胸の奥にまで響く重低音が、皮膚を内側から震わせた。
アラン(内心):
「……これは、装置じゃない。
生きている……! まるで、世界が――息をしているみたいだ……」
天井から崩落した石片が床に叩きつけられ、
赤い霧の中で火花が花のように咲く。
音と光が、もはや災厄の調べを奏で始めていた。
操作盤が、悲鳴を上げていた。
赤い文字が乱舞するように点滅し、
次々と警告音が積み重なる。
STABILITY:CRITICAL
CORE TEMPERATURE:MAXIMUM
OVERRIDE DENIED
SELF-ACTIVATION:CONFIRMED
パネルの隙間から火花が迸り、
アランの頬をかすめた光が、まるで焼けつくように熱かった。
スクリーンの片隅で、
英数字の羅列が無限に流れ続けている――
「USER AUTHORITY:REVOKED」
「CONTROL ACCESS:TERMINATED」
つまり、もう誰にも止められない。
人間の手は、この機構から切り離された。
アランの息が荒くなる。
「くそっ……反応を止めろ……! 応答しろッ!」
彼の叫びは、機械の鼓動の中に吸い込まれていく。
カメラが――いや、意識が――
魔導核の中心へと引き寄せられていく。
そこには、鼓動している何かがあった。
金属でも石でもない。
――まるで、人の心臓のような形。
その脈動が、光を吐く。
赤から白へ、一瞬の閃光。
その瞬間、光の中に“影”が交錯する。
幼い頃の兄弟――
作業台に並んで模型を作っていた、あの姿。
笑うルーク。
頷くアラン。
それは記憶ではなかった。
世界そのものが、兄弟の記憶を素材として再構築している。
彼らの過去が、装置の内部で“構成要素”に変わっていく。
心拍音が高鳴る。
ドクン、ドクン、と世界全体が同じテンポで震える。
重低音の波に混ざって、高周波のノイズが鋭く刺さる――
呼吸と鼓動が重なり合い、一つの生命音になる。
その音が、全ての音を飲み込む。
崩壊音も、叫びも、もう聞こえない。
そして――
ナレーションが、静かに、決定的に響く。
「世界の意志が、ついに閾値を超えた。
制御の名を捨て、存在そのものが燃え上がる。」
その言葉が終わると同時に、
全ての音が――消えた。
無音。
ただ一つ。
魔導核の中心で、
赤い鼓動だけが、静かに、確かに、点滅を続けていた。




