伏線回収 ―「模型の記憶」
赤光が、呼吸するように明滅していた。
その光の脈動が床を這い、魔導陣の幾何学模様をゆがめる。線が崩れ、再構築され、また歪む――まるで世界そのものがひとつの生物のように痙攣している。
制御盤からは火花が立ち上り、金属片と共に宙を漂った。重力など存在しないかのように、火花は静止し、逆流する空気に引き戻される。
壁面のパネルがひとつ、音もなく割れた。赤い光の破片が空中で踊り、やがてそれすらも吸い込まれていく。
耳をつんざく高周波。
その奥で低く、地鳴りのような“魔力流”のうねりが響く。
空気が圧縮され、肺に押し込められるような感覚――呼吸することが、戦いのようだった。
アランの喉が鳴る。
荒く、浅い息だけが、この崩壊しつつある世界の中で唯一の“生”の音だった。
彼は立ち尽くし、周囲を見渡す。
光と音の奔流の中で、現実の輪郭が遠のいていく――それでも彼だけはまだ、現実にしがみついていた。
赤光の中、アランの瞳に一瞬、弟の姿が映る。
その像が揺れ、歪み、やがて赤い波に溶けていった。
視界が揺れていた。
熱と光が錯綜する渦の中で、アランの焦点は定まらず、ただ混線した世界をかき分けるように瞬きを繰り返す。
そのとき――。
床に散った破片のあいだから、ひとつの銀色が転がり出た。
光を受けて、かすかに回転しながら止まる小さな歯車。
血と煤に汚れた床の上で、異様なほど純粋な輝きを放っていた。
アランの呼吸が止まる。
それは――見覚えのある形だった。
少年時代、二人で作り上げた「世界制御模型」。
幾度も組み直し、夜を徹して磨き上げたあの模型の中核――“魔力遮断盤”の駆動軸。
脳裏に、断片的な光景が閃く。
木製の作業台。油の匂い。
ルークが顎に煤をつけながら、誇らしげに微笑んでいる。
――「兄上、これは“世界の終わり”を止めるための仕掛けですよ」
あのときの声が、幻聴のように蘇る。
アランの瞳が見開かれる。
理解が、稲妻のように脳を貫いた。
――そうか。
あの模型は、破壊のための設計図じゃなかった。
“止めるための鍵”だったんだ。
指先が震え、銀の歯車を拾い上げる。
熱を帯びた金属が掌に食い込む。
それは痛みではなく、過去が確かにここに存在していた証のように感じられた。
アランは、息を荒げながら崩れ落ちた制御盤の裏へと身体を滑り込ませた。
焼けつくような熱気。舞い上がる火花。
金属の焦げた匂いが鼻を刺し、皮膚がひりつく。
指先を這わせながら、かつての記憶をなぞるように探る。
そして、そこに――見つけた。
銀の歯車の下、わずかにずれた金属パネル。
その奥に、幼い日、模型で見た構造と同じ円盤がはめ込まれている。
淡い刻印。交差するルーンの線。
――“魔力遮断盤”。
カメラが低く切り替わり、アランの手元を捉える。
赤光が反射し、指先の震えを映す。
その震えは恐怖ではなく、確信の前触れ。
――同時刻。
ルークが魔導核の中心に歩み出る。
背後の光が渦を巻き、彼の影を幾重にも歪ませた。
その掌が静かに、宙の核へとかざされる。
流れる光脈が、ルークの指先へと吸い寄せられていく。
数式のように並ぶ魔法陣の光路が、次々と再構成され――
だが、その構文は“安定”ではなく、“始動”のルーン。
アランが遮断を試みるのと、ルークが起動を完了させるのは、ほとんど同じ瞬間だった。
同じ時間に、逆の意志が動く。
ひとつは「止める」ため。
ひとつは「始める」ため。
兄弟の運命は、いま同一の魔法回路の上で正反対に走り出していた。
白転した世界に、音はなかった。
ただ、光だけが残り――その中で、二つの影がゆっくりと交わっていく。
ナレーションが、低く、静かに落ちる。
「兄弟の選択は、同じ時間に、逆方向へと走った。
一方は始まりを求め、一方は終わりを止めた。
――そして、世界はその“矛盾”を飲み込み、形を変えた。」
光が鼓動する。
まるで、世界そのものが呼吸を取り戻すかのように――。
赤い残光が一度、強く瞬き、やがて静かに収束していく。
その中心には、アランとルークの輪郭が重なり合い、
次第に境界を失って、ただの“形なき光”へと溶けていった。
無音の中、残されたのはひとつの振動だけ。
それは、崩壊の終わりではなく――再構築の胎動。
画面がわずかに暗転し、
赤光が一点に集束して脈打つ。




