緊迫の展開 ― 「思想から衝突へ」
赤光が、制御盤の上に滞留していた。
その光は呼吸するように脈打ち、やがて一筋に集束を始める。
ルークが、ゆっくりと右手を伸ばした。
指先が制御盤の縁に触れるたび、空気がかすかに震える。
まるで空間そのものが、彼の意志を感知しているかのようだった。
低く、重い音が響く。
――ドクン。
それは機械の鼓動ではなく、まるで巨大な心臓の拍動。
赤光がその音に合わせて明滅し、部屋全体が生き物のように動き出す。
壁面を走る回路が赤く光り、影が流動する。
光が動くたびに、ルークの横顔が一瞬ごとに別人のように見えた。
人間の輪郭が、論理と力の境界で崩れていく。
アランは、その光景を息を呑んで見つめていた。
兄弟のあいだを結んでいた“言葉”の糸が、音もなく切れていくのを感じながら。
「静止していた理性の空間が、音を得た。
それは、対話の終わりであり――力の始まりだった。」
アランの体が、思考よりも先に動いていた。
反射――それは理性ではなく、血の記憶。
「やめろ、ルーク!!」
声が空間を裂いた瞬間、赤光がびり、と震える。
その振動が、部屋全体に共鳴して広がった。
アランは剣を抜かなかった。
右手を、弟の手に――制御盤へ伸ばされたその冷たい指に――掴みかかる。
その一動作に、まだ“対話への未練”が宿っていた。
力で止めるのではなく、触れて止めようとする兄の意志。
しかし、触れた瞬間――。
空気が弾け、世界が白く反転した。
赤光と青白い閃光が交錯し、魔導陣の紋様が一瞬、逆回転を始める。
アランの叫びが音波となって、システムそのものに干渉していく。
「その声は命令ではなく、祈りだった。
だが、祈りが届くほどに――世界は優しくなかった。」
衝突音が、鈍く響いた。
アランの体がルークを押し倒すようにぶつかり、制御盤の端がきしむ。
次の瞬間、重力のバランスが崩れ、椅子が弾き飛ばされる。
金属が悲鳴を上げ、水晶管が壁ごと砕け散った。
赤光の破片が空中を舞う。
それは血ではなく――しかし、血のように痛々しい閃光だった。
光の断片が二人の頬をかすめ、火花のように弾ける。
アランの瞳には怒りではなく、必死な焦燥が宿っていた。
弟を止めるための力。
だがその力が、弟を壊すかもしれないという恐怖。
対して、ルークの表情は動かない。
静謐。まるで世界が崩れることすら計算に含まれているような、冷たい受容。
その眼差しには、感情の残滓すらない。
スローモーションの中で、二人の動きが絡み合う。
拳、腕、肩、視線――すべてが交錯しながらも、決して理解には至らない。
「それは肉体の衝突ではなかった。
理念が形を失い、言葉が届かなくなった時――
思想は、音を立てて崩れ落ちる。」
制御盤のランプが、一斉に点滅を始めた。
緋色の光が断続的に閃き、室内を切り裂くように照らす。
中央モニターが悲鳴を上げるように瞬き、
〈SYSTEM UNSTABLE〉の赤文字が幾重にも重なって表示された。
警告音が途切れ途切れに鳴り、空気が震える。
壁面の魔導水晶がひび割れ、軋む音を立てて崩れ落ちる。
重力場がわずかに乱れ、砕けた破片たちが浮遊する。
光の欠片が空中でゆっくりと円を描き、
まるで世界そのものが理性を失い、軌道を見失ったかのよう。
電子ノイズが空間を走るたび、
アランとルークの輪郭が一瞬ずつ歪む。
現実の層が薄くなり、感情と構造の境界が崩れていく。
「秩序が、音を立てて崩れていった。
理性の器が壊れ、世界は――激情の重力へと沈み始める。」
「理性の議場は崩れ、肉体の闘争が始まった。
言葉の刃を交わした兄弟は、今――己の“存在そのもの”を衝突させる。」
その声が響くたびに、赤光が呼応する。
まるで語られた一語一語が、現実の構造を振動させているかのようだった。
アランの拳が震え、ルークの瞳が光を裂く。
もはやそこには思想も理念もない。
あるのは、信じるものを守ろうとする“意志”と、
すべてを壊して再構築しようとする“決意”。
理性という名の壇上は瓦解し、
血肉と光が混ざり合う舞台だけが残った。
そして二人の間に、再び赤光が脈打つ――
それは言葉ではなく、戦いの始まりを告げる心臓の鼓動だった。




