“揺らぐ剣”
赤光が、静かに脈を打っていた。
それはまるで、城そのものが呼吸しているかのようだった。
カメラは低い角度から、アランの手元を映す。
剣の柄を握る指先が、わずかに震えている。
その震えを受けた金属の縁が、光を返した――刹那、赤い光が鋭く弾け、彼の瞳の中に炎のような影を落とす。
背後の魔導陣が、鼓動のリズムで淡く明滅を繰り返す。
光が強まるたび、アランの影が床に長く伸び、やがてルークの影と交わる。
二つの影が触れ合う場所に、複雑な紋が浮かび上がった。
それはまるで、兄弟の運命が絡み合う宿命の印のように――。
アランの呼吸が乱れる。
指が剣を握り直すたび、金属音が小さく空気を裂いた。
抜けば、弟を斬る。
抜かなければ、この世界が終わる。
その矛盾の狭間で、アランは立ち尽くしていた。
「握る」というただそれだけの動作が、彼にとってはひとつの祈りであり、ひとつの断罪でもあった。
「その手の震えは、恐れではなかった。
理想と現実のあいだで、なお人であろうとする“痛み”だった。」
アランは、剣の柄を握ったまま動けなかった。
その手の震えは恐怖ではない。
重さ――それは、刃の質量ではなく、“選ぶ”という行為そのものの重みだった。
ナレーション:
「兄は、剣の重さを初めて呪った。
それは正義の象徴ではなく、“選択”そのものの重みだった。」
彼にとって、剣はかつて“拒むための象徴”だった。
暴力を否定し、言葉と改革で世界を変えるための――その意志の証。
だが今、その理想が皮肉にも、自らの手を縛っている。
もし抜けば、弟を殺す。
抜かなければ、弟が世界を殺す。
どちらを選んでも、守るべきものは壊れる。
その“二重否定”の牢獄の中で、アランは息を詰めた。
視線が落ちる。
剣の刃に、赤光が反射していた。
その光の中に、ルークの姿が歪んで映る。
金属の揺らぎが兄弟を一瞬だけ重ね――だが、すぐに二つの像は弾かれるように離れた。
理想と現実は、同じ鏡の中では共存できない。
それを悟った瞬間、アランの胸の奥で何かが軋んだ。
それは信念が壊れる音だったのか、それともまだ抗おうとする心の悲鳴だったのか。
彼はただ、震える呼吸を整えようとした。
――剣の重みを、信念の重みに変えられるかどうか。
その境界に、彼の“人間としての正義”がかかっていた。
ルークは、静かに一歩を踏み出した。
床に描かれた魔導陣が、その足音に応えるように脈動し、
淡い赤光が彼の足元から波紋のように広がっていく。
その光が二人の影を結び、
兄の影と弟の影が一瞬だけ重なった――が、
まるで拒むように再び離れた。
ルークの瞳がわずかに細められる。
表情は無機質な冷静さに満ちていたが、
その奥にほんの一瞬、“影”が走った。
理解――それは、切り離された情の残響。
ルーク(低く、静かに):
「兄上。正義は、美しいだけでは届かないんです。」
その声には、かすかなノイズが混じっていた。
まるで理性という機構の奥で、何かが抵抗しているかのように。
震えでも、ためらいでもない。
ただ、演算の齟齬のような微細な“ゆらぎ”。
彼は、兄の苦悩を理解していた。
その痛みを、完全に把握していた。
――だが、行動は変わらない。
理解は、赦しにはならない。
同情は、手を止める理由にはならない。
彼に残された“懺悔”とは、理解した上で壊すこと。
だからこそ、その言葉は静謐でありながら、
どこか祈りのようでもあった。
ルークの瞳に映るアランは、光の中で滲んでいる。
それはもう、兄ではない――世界を拒む“障壁”としての存在。
だがその刹那、光の反射に微かに浮かんだ。
かつて兄に見上げた幼い日の記憶の残影が。
瞬きの中で、それは完全に消えた。
ルークは、静かに一歩を踏み出した。
床に描かれた魔導陣が、その足音に応えるように脈動し、
淡い赤光が彼の足元から波紋のように広がっていく。
その光が二人の影を結び、
兄の影と弟の影が一瞬だけ重なった――が、
まるで拒むように再び離れた。
ルークの瞳がわずかに細められる。
表情は無機質な冷静さに満ちていたが、
その奥にほんの一瞬、“影”が走った。
理解――それは、切り離された情の残響。
ルーク(低く、静かに):
「兄上。正義は、美しいだけでは届かないんです。」
その声には、かすかなノイズが混じっていた。
まるで理性という機構の奥で、何かが抵抗しているかのように。
震えでも、ためらいでもない。
ただ、演算の齟齬のような微細な“ゆらぎ”。
彼は、兄の苦悩を理解していた。
その痛みを、完全に把握していた。
――だが、行動は変わらない。
理解は、赦しにはならない。
同情は、手を止める理由にはならない。
彼に残された“懺悔”とは、理解した上で壊すこと。
だからこそ、その言葉は静謐でありながら、
どこか祈りのようでもあった。
ルークの瞳に映るアランは、光の中で滲んでいる。
それはもう、兄ではない――世界を拒む“障壁”としての存在。
だがその刹那、光の反射に微かに浮かんだ。
かつて兄に見上げた幼い日の記憶の残影が。
瞬きの中で、それは完全に消えた。
魔導陣の赤光が、次第に脈動を強めていく。
低い音が空気を震わせ、まるで空間そのものが呼吸しているかのようだった。
その光の中で、二人の影が長く伸びていく。
アランの影は、震える剣の形をしていた。
握る手の震えがそのまま影に伝わり、床に刻まれた輪郭が揺らめく。
対して、ルークの影は動かない。
まるで彫刻のように、ただ静止していた。
それは生の鼓動を失った構造体――理性そのものの具現。
二つの影が、床の中央で交わる。
その交点に、魔導陣の光が集まり、一瞬だけ眩く閃いた。
それは、思想の接触。
理想と現実、情と理、熱と冷――
長い兄弟の旅路が、いま一点で衝突する瞬間だった。
しかし、次の脈動で光が弾ける。
交点が裂け、影が左右へと引き裂かれていく。
繋がっていたはずの形が、二度と交わらない軌跡を描く。
アランの影は、震えながらも立ち上がるように見えた。
ルークの影は、無音のまま沈黙の闇に溶けていく。
――そして、赤光が再び脈打つ。
裂け目は深く、修復の余地なく。
「影は、光が生んだ分身にすぎない。
だが今、光そのものが二つに割れた。
彼らはもう、同じ“光”の下に立つことはない。」
赤光が、まるで息を吹き返したかのように制御盤の中心で脈動した。
低い唸りが空気を満たし、空間全体が震え出す。
魔導陣の紋様がわずかに回転し、赤の線が渦を描いて再構築されていく。
その光はもはや静謐な理性の象徴ではない。
理論も理念も溶け、ただ“熱”が戻ってきていた。
それは戦いの熱。
思考の末に残った、最も原始的で、最も純粋な衝動。
アランの呼吸が荒くなり、剣先がわずかに震える。
ルークの足元では、プラズマの光が滑るように走り、彼の輪郭を赤く縁取る。
二人の間に、再びあの“間”が生まれる。
言葉ではなく、ただ力と意志だけが交わる距離。
そして――カメラがゆっくりと引いていく。
上空から見下ろす視点。
床に刻まれた魔導陣が、戦闘陣形へと変貌していく様が映し出される。
環状の紋様が割れ、刃のような図形が放射状に伸びる。
二人の影が、陣の左右に分かれた位置に立つ。
その間を奔る光のラインが、最初の境界を描き出す。
「思想は決裂し、理性は崩れた。
残されたのは――肉体と意志だけ。」
赤光が、爆ぜるように閃いた。
その瞬間、沈黙は完全に壊れ、兄弟の戦いが始まろうとしていた。
赤光が、音を立てて弾けた。
それまで言葉を媒介として存在していた世界が、まるで何かに断ち切られたように、音を失う。
沈黙――だがそれは、議論の終わりではない。
“理念の終焉”の音だった。
アランは、まだ剣を握ったまま動かない。
だが、その静止はもはやためらいではなく、覚悟の前の呼吸だ。
視線の先で、ルークの輪郭を縁取る赤光が波打つ。
彼の存在が、もう“理屈”ではなく、“脅威”そのものとして立ち現れていた。
かつて二人を繋いでいた言葉は、今、灰のように散った。
正義も、理想も、もう意味をなさない。
残るのは、己の信じたものを“力で証明する”しかない現実。
「言葉は尽きた。
理念は燃え尽き、信念だけが残る。
次に語るのは――剣だ。」
赤光が一瞬強く脈打ち、魔導陣が完全な戦闘陣形へと変貌する。
二人の足元に、光の紋様が絡みつき、空気が一気に張り詰める。
そのとき、風が止まり、世界が“息を潜めた”。
――次の瞬間、金属音が鳴る。




