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王国爆死録 ヴァルハイト王国 暗殺連鎖〜爆破テロ  作者: 南蛇井


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対話開始 ― 理念の裂け目

赤光が満ちる制御区画を、俯瞰の光景が静かに切り取っていた。

床に描かれた円形の魔導陣が、淡い呼吸のように脈を打ち、

その中心で二つの影が対峙している。


アランとルーク。

兄弟の呼吸が、ゆっくりと、同じリズムを刻みはじめる。

空気がわずかに震え、魔導陣の光がその呼吸に応じるように揺らめいた。

それは血流のようであり、心臓の拍動のようでもあった。

――いや、これは呼吸ではない。思想の干渉だ。


アランの胸が小さく上下する。

鎧の継ぎ目から漏れる熱気が、冷たい赤光に照らされて消える。

手は、いつの間にか剣の柄に触れていた。

だが、その掌は“抜くため”ではなく“繋ぎ止めるため”に震えている。


対して、ルークの指先は制御盤からゆっくりと離れた。

彼の掌の上で、赤光がふっと静止し、空気が凝固する。

まるで、言葉を抜刀する前の静止――

呼吸すら音になることを恐れる、一瞬の臨界。


二人の間に、言葉の気配が漂う。

まだ誰も声を発していないのに、

空間そのものが“発話”を待っている。


赤光が鼓動を一拍止める。

沈黙の底で、城の心臓と人の心臓が、同じ拍を刻む。


――“言葉の剣”が、抜かれようとしていた。


アランは一歩、赤光の中へ踏み出した。

足元の魔導陣が呼吸するように波打ち、彼の影を揺らめかせる。

その揺らぎの中で、彼はゆっくりと口を開いた。


「力による破壊は、また次の暴力を生むだけだ。」


低く、しかし確かな声。

音が放たれた瞬間、赤光がわずかに脈動し、空間の温度が変わった。

声が“構造”に触れたのだ。


「だから俺は――改革で変える。」


語尾の「変える」とともに、光が一瞬だけ暖色に染まる。

冷たい城の空気の中に、かすかな“人間の熱”が差し込んだ。


彼の言葉には震えがあった。

だがその震えは恐れではない。

揺らぎながらも消えない、“信念の温度”だった。


彼は信じることにすがっていた。

それは、自らの罪を赦す唯一の方法。

かつて流された血の記憶を、ただ忘れるのではなく、

――超えるために。


アランにとって「改革」は理想ではない。

それは贖罪の手段。

自らの手で壊した秩序を、今度こそ自らの意志で築き直すための祈り。


赤光が再び静まり、彼の輪郭を包み込む。

その光の中で、アランは確かに“人の側”に立っていた。




ルークは静かに息を吐いた。

その吐息は霧にもならず、音としての波だけを残す。

唇がわずかに動き、笑みの“形”が浮かぶ。

だがそこには温度がない。

――感情を模倣するために生成された、信号としての笑み。


「改革?」


その一語が空気を裂いた瞬間、城の低周波が反転する。

鼓動のように響いていた“城の心臓音”が、逆相で鳴り始めた。

まるで世界そのものが、彼の言葉に呼応して息を呑むように。


ルークは淡々と続けた。


「笑わせるな。既得権が守るのは自分の椅子だけだ。

理想家がいくら叫ぼうと、歴史は変わらない。」


声が響くたび、周囲の空気が震え、光脈が逆流する。

その声は、感情ではなく“現象”だった。

数値化された冷たさと、完璧な論理の波形。


アランの言葉が「祈り」なら、

ルークの言葉は「計算式」だった。


彼にとって秩序は、もはや守るべきものではない。

秩序とは腐敗の温床、停滞の装置。

「構造を壊さなければ再生はない」――それが彼の確信だった。


彼の視線が、制御盤の奥へと流れる。

そこには新しい世界の設計図――再構築の方程式が脈打っている。

その光を見つめるルークの瞳は、

まるで神の意志を演算する“観測機”のようだった。


彼の中にはもう、迷いはない。

破壊は罪ではなく、正義の形式。

そして、その瞬間、

兄弟の間に流れていた空気が――確かに、決裂した。


アランの拳が、かすかに震えた。

その音は鎧の継ぎ目にこもり、金属の悲鳴のように鳴る。

――ギィン、と。

剣の柄が鳴った。

それは抜くための音ではない。

信念が、崩れ落ちる寸前に放つ抵抗の音だった。


ルークの声がまだ空間に残響している。

冷たく均一な波形が、空気の温度を奪い取っていく。

その中で、アランだけが「人間の呼吸」をしていた。

喉の奥が焼けつくように熱い。

肺が膨らむたびに、信じてきた言葉が軋む。


(アラン・心中)

「……それでも、信じたい。

 誰かが、力ではなく言葉で世界を変えられると――。」


その祈りにも似た想いが、声にならないまま胸を突き上げる。

赤光が彼の胸元を照らす。

影が、心臓の輪郭を描く。

それはまるで、機械仕掛けの世界に残された

“最後の有機的な拍動”のようだった。


その鼓動は、王城の機構が刻む無機的なリズムとずれて響く。

ズレは小さい。けれど確実にそこにある。

それは、まだ人として生きている証――

そして、兄として、弟に抗うことをやめていない証だった。


静寂の中、アランの息が再び流れ出す。

世界の均衡が、ほんのわずかに傾いた。

アランが、息を吸いかけた瞬間――空気が裂かれた。

言葉が、届く前に切断される。


ルークの声がその隙間を埋める。

冷たいのに、どこか哀しげなほど澄んでいた。


「違う。だから“壊す”んだ。

 残骸の上なら、何だって生まれ変われる。」


その一言とともに、足元の魔導陣が反転する。

外周から内側へ、幾何学的な光が収束していく。

線が、記号が、まるで逆流する血管のように――ルークを中心に向かって流れ込む。


轟、と空間が低く唸った。

アランの足元の魔力紋が、吸い込まれるように震える。

城そのものが呼吸を止めたかのように、世界が一瞬だけ静止する。


ルークの瞳が赤く閃く。

それは炎ではない。血ではない。

まるで、“痛みの記録”そのものが光になったような色だった。


(ナレーション)

「破壊は、彼にとって救済だった。

 壊すことでしか、終わらせられない痛みがあった。

 だがその手が触れるたび、人の形が消えていくことを――

 彼は、もう知っていた。」


赤光が再び鼓動を始める。

ルークの姿は、光と影の狭間で静かに揺れている。

その眼差しには、人間を超えた冷静さと、誰よりも人間的な哀しみが、同時に宿っていた。

アランの口が、もう一度動こうとした。

けれど、その音が空気に触れる前に――世界が断ち切られる。


ルークの声が、それを押し流した。

静かに。だが、絶対に抗えない刃のように。


「違う。だから“壊す”んだ。

 残骸の上なら、何だって生まれ変われる。」


言葉の瞬間、足元の魔導陣が脈を打つ。

紋様が反転し、外周から内側へと収束していく。

まるで世界そのものが、彼の言葉を軸にして巻き戻るかのようだった。


金属音にも似た共鳴が、空間を満たす。

赤光が線となり、ルークの背へ吸い込まれる。

その瞳の奥に、血のような光が奔る。


アランは息を詰める。

その光の中に、狂気ではない何か――痛みを見た。


破壊の哲学。

それは憎しみの言葉ではなかった。

むしろ、祈りに近い。


(ナレーション)

「壊すことしか、救う術を知らなかった。

 それが、彼の“再生”だった。

 けれどその手の中に残るのは、

 いつだって“人”の形を失った何かだけだった。」


ルークの指が再び制御盤の上に触れる。

魔力が呼応し、陣の中心に光柱が立ち上がる。

それは“再構築”の儀式の始まり――

そして、兄弟の“対話”が終わる合図でもあった。



沈黙が、再び二人の間に落ちた。

だが、さっきまでの沈黙とは違う。

今のそれは――**「行動の前触れ」**だった。


ルークが、一歩。

ただ一歩、前に出る。


その足音に呼応するように、足元の魔導陣が低く唸りを上げた。

赤い光が円環をなぞり、まるで大地そのものが呼吸を始めたように震える。


アランの手が、無意識に剣の柄へと伸びる。

その指先に、汗が伝う。

剣はまだ抜かれない。

だが、空気が――刃のように張りつめた。


ルークが、顔だけをわずかに傾ける。

光がその頬を斜めに裂き、瞳の奥の魔導回路が再び脈動する。


そして、静かに。

だが確実に、決定的な言葉を告げた。


「兄上。あなたの“理想”は、美しい。

 ――だが、世界はもう、それを待っていない。」


その声が響いた瞬間、魔導陣の光が一斉に明滅する。

城の鼓動が止まり、赤光が一瞬だけ膨張。


フラッシュ。


視界が白に飲み込まれ――

次の瞬間、暗転。


音も、息も、すべてが消える。


やがて、遠くから再び響く低周波。

それはもう、会話ではなく――衝突の序曲だった。







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