表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王国爆死録 ヴァルハイト王国 暗殺連鎖〜爆破テロ  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/75

第一声 ― “言葉の導火線”

 赤光の霧が、空間のすべてを満たしていた。

 だが、その光の下で――何かが変わる。


 王城の鼓動が、一瞬だけ止まった。

 空気が沈み、室内の圧が僅かに歪む。

 まるで、次の拍を待つ“心臓”のように。


 カメラが寄るように、アランの胸元が映る。

 鎧の継ぎ目から漏れる熱気。

 金属と皮膚の間を伝って、汗が一粒――静かに落ちた。

 そのわずかな滴が、沈黙を切り裂く最初の“音”になる。


 喉が鳴る。

 しかしそれは声ではない。呼吸の震えだ。

 焦げた空気が胸を満たし、吐くことも、吸うこともできない。

 沈黙の中で、彼は呼吸そのものと戦っていた。


 赤光が微かに揺れる。

 鼓動が戻る。

 だが、先ほどまでのリズムとは違っていた――重く、早く、何かを告げるように。


 その瞬間、世界が“音を持つ”前の状態に戻る。

 光と影、呼吸と鼓動。

 その狭間に、言葉がまだ生まれない空白があった。



「沈黙は、爆薬の導線だった。

 誰が先に息を吸うか――それだけで、世界の形が変わる。」



 唇が、ゆっくりと動いた。

 それは声というより、記憶の亡霊を呼び起こす動作に近い。


 アランは喉を震わせながら、その名を口にした。

 ――ルーク。


 たった二音。

 だが、その短い呼び名に、五年分の重さが詰まっていた。

 罪の時間、沈黙の夜、諦めと祈りと、数え切れない後悔。

 それらが一度に胸から押し出される。


 声が空気を震わせた瞬間、赤光が一拍乱れた。

 まるで魔導回路そのものが、その名に反応したかのように。

 床下を走る光脈がわずかに弾け、壁を伝う符文がちらつく。


 ルークの背が、わずかに傾く。

 しかし振り向かない。


 アランの目には、その僅かな動きが、残酷なほど“他人のもの”に見えた。

 そこにいるのは確かに弟だ。

 だが――その名を呼んでも、もう「弟」としての気配は返ってこない。


 彼の声には怒りも悲しみもない。

 ただ一つ、確認の意図だけ。

 この存在が、まだ“ルーク”であるのかを、確かめたかった。


アラン(低く、絞り出すように):「……ルーク。」

(間)

「何をしている。」


 沈黙が、また落ちる。

 その名が空気に溶けていく音すら、城が飲み込んだ。



 ルークは振り返らなかった。

 ただ、制御盤に置いた指先が、わずかに動いた。


 その瞬間、透明な水晶盤の内部で、淡い光が螺旋を描く。

 光は指先から波紋のように広がり、盤面全体をゆっくりと満たしていく。

 まるで兄の声――「ルーク」という音が、直接この装置に触れたかのようだった。


 カメラはルークの背越しにその様子を捉える。

 盤面の奥、魔力核が鈍く脈打ち、低い唸りを上げる。

 それは人間の心臓の鼓動に似ているが、あまりにも無機質で、冷たい。


 ルークの表情は見えない。

 だが、その背中には一片の感情も浮かばない静寂があった。

 彼にとって、兄の呼び声はもう“言葉”ではない。

 感情ではなく、刺激。

 呼応すべき信号。


 まるで、プログラムが入力を受け取ったときのように――。


 水晶盤の中央で、光がひときわ強く瞬いた。

 赤い波が空間を這い、床を伝ってアランの足元まで伸びる。

 それはまるで、二人を隔てる距離を“回路”として繋ぐようだった。


低い共鳴音が空気を震わせる。

 アランの鎧が微かに鳴り、光がその輪郭を照らす。


 ルークの指先が止まる。

 呼吸は一定のまま――まるで何も起きていないかのように。


 ただ、空間の密度だけが、確実に変わっていた。


ルークの肩が、わずかに動いた。

 笑った――ように見えた。

 だがそれは唇の動きではなく、赤光に揺れる影の歪みだった。


 光源が角度を変え、頬の片側にだけ淡い陰が落ちる。

 それは人間の表情ではなく、機構が光を反射した結果にすぎない。

 彼の存在そのものが、もう“肉体”と“構造”のあわいにあるようだった。


 ルークは背を向けたまま、一度だけゆっくりと息を吐いた。

 静かな呼吸が、制御盤の振動と同期する。

 その一拍のあと――


「兄上。ようやく、来ましたか。」


 その声は、懐かしさを含まなかった。

 響きの奥には、感情ではなく“完了報告”の硬質な響きがあった。

 まるで、何者かに命じられた台詞を正確に再生しているかのよう。


 アランは、息を止める。

 声を聞いたのに、“弟の声”として認識できなかった。

 そこにあったのは、人ではなく装置が言葉を発したような、異質な共鳴。


 次の瞬間、制御盤の水晶がひとつ、澄んだ音を立てる。


 ――カン。


 硬質な響きが空気を裂き、赤光がひときわ強く明滅した。

 それはまるで、“会話開始”を告げる合図音のようだった。


 世界が、静かに切り替わる。


赤光が、まるで息を吹き返したかのように強く瞬いた。

 その明滅に合わせて、水晶盤の紋様が脈打つ。

 空間全体が、ひとつの巨大な心臓の中で鼓動しているようだった。


 アランの言葉が放たれた瞬間――沈黙は形を失い、音へと変質した。

 それは単なる“呼びかけ”ではない。

 人間としての理性、感情、祈り――それらを束ねた「問い」の衝撃。

 赤光が一度、微かに揺らぐ。

 まるで世界そのものが、その言葉を理解しようとしているかのように。


 しかし返ってきたのは、冷たく研ぎ澄まされた応答。

 ルークの声は、響きというより“信号”だった。

 水晶の共鳴と同調し、一定の波形を持って空気を震わせる。

 それは“人”の声ではなく、“機構”の声――。


 アランはその差異を肌で感じた。

 弟の返答が「意思」ではなく「構造」として響いている。

 声と声が交わる代わりに、世界の仕組みが接続される感覚。

 沈黙が切れた瞬間、二人の思想の回路がつながってしまった。


ナレーション:

「言葉は、導火線だった。

 火はすでに点いていた。

 ただ、誰も――止めようとはしなかった。」


 赤光が再び強く明滅する。

 その瞬間、空気が熱を帯び、金属の表面がわずかに歪む。

 “対話”が、“起動”に変わった。

 そして、静寂の世界に戻ることは、もう――なかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ