表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王国爆死録 ヴァルハイト王国 暗殺連鎖〜爆破テロ  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/75

静寂の描写 ― “沈黙という武器”

音が消えた。

 ――そう“錯覚”するほどに、空間は静まり返っていた。


 だが、それは本当の無音ではない。

 深い地の底から響くような低周波の唸りが、かすかに空気を震わせている。

 遠くで歯車が軋む音。金属同士が触れ合い、微かな火花を散らすような摩擦音。

 それらは、王城という巨大な機構の呼吸音にほかならなかった。


 赤い光がゆらめくたび、空気がわずかに脈を打つ。

 まるでこの城そのものが“生きて”いるかのように、一定のリズムで収縮と膨張を繰り返している。


 その中に、二つの呼吸があった。

 一つは荒く、途切れがちに――アラン。

 もう一つは静かに、まるで波のない水面のように――ルーク。


 他のすべての音が沈み込んでいく。

 残ったのは、わずかに交差する呼吸の音だけ。


 カメラが固定される。視界の中で、揺れる赤光が二人の影を壁に映し出す。

 その影が鼓動に合わせて伸び、縮み、そして交わっては離れる。

 城の鼓動と、彼らの息づかいが、やがてひとつのリズムを描き始めた。


 ――沈黙が、言葉の代わりに衝突を語る。


 その鼓動の間隔が、わずかに速くなる。

 緊張が、世界そのもののテンポを支配し始めていた。


 アランは剣を抜いていなかった。

 腰の位置で柄に手を添えたまま、ただ立ち尽くしている。

 その姿は戦士というよりも、何かを見届ける者のようだった。


 目の前にいるのは――弟、ルーク。

 だが、その背中から放たれる光と熱は、もはや人のものではない。

 制御盤を通して流れ込む魔力の波が、彼の輪郭を溶かし、

 “生体”と“機構”の境界を曖昧にしていた。


 アランは、喉の奥で息を止める。

 胸の奥で、感情がひどく軋んだ。


 ――剣を抜けば、終わる。


 そう思う。

 その瞬間、二人の関係は「兄弟」から「敵」へと変わってしまう。

 たとえルークがもう人でなかったとしても、

 その事実を剣によって確定させることだけは――どうしても、できなかった。


 > (アラン・心の声)

 > 「この距離を詰めれば、もう“兄弟”ではなくなる。

 >  それでも、止めなければ――。」


 柄に添えた手が、わずかに震えた。

 剣は抜かれず、鞘の中で息を潜めている。

 沈黙が、刃よりも重く空間を支配していた。


 アランは知っている。

 この沈黙が崩れる瞬間、すべてが不可逆になることを。

 だから彼は、踏み出せない。

 ほんの一歩の距離が、まるで永遠のように遠かった。


 ルークは、背を向けたままだった。

 制御盤の上に両手を置き、指先で微細なリズムを刻む。

 その動きは無意識ではなく――意図的な同期。

 彼の指の動きと、城の鼓動が、寸分の狂いもなく一致している。


 呼吸は、静かで、規則的。

 緊張も、迷いも、そこにはない。

 まるで彼の肺までもが“機構の一部”として動いているようだった。


 背後に立つ兄の気配を、彼は感じている。

 だが、その感覚は「懐かしさ」ではなく、「データ」。

 アランという存在も、いまやこの儀式の構造的要素として認識されている。

 心ではなく、設計図の中に位置づけられた“要因”に過ぎなかった。


 > (ルーク・心の声)

 > 「この瞬間が来ることは、最初から決まっていた。

 >  兄上は“観測者”であり、“触媒”だ。

 >  対話は、起動のための引き金にすぎない。」


 彼の掌の下で、制御盤の水晶群が淡く脈動を始める。

 赤い光が脈を打ち、低い音が空間を満たす。

 それはまるで心臓の鼓動――しかしその鼓動は、もう人間のものではなかった。


 ルークの呼吸が、その音と完全に重なる。

 城が呼吸し、ルークが呼吸する。

 両者の境界が、ゆっくりと消えていく。


 兄の名を呼ぶことも、振り返ることもない。

 この沈黙の中で、ルークは確信していた。

 ――“この瞬間こそが、計画の完成点”。

赤光が脈打つたび、空間がわずかに震えた。

 カメラはゆっくりと動く。

 まず、アランの横顔――沈黙の中で、苦悩と決意がせめぎ合う。

 次に、ルークの背中――揺るがぬ直立、無機質な静寂。

 そして、二人の間を走る魔導陣――淡い赤光が呼吸のように点滅し、境界線を刻んでいる。


 その円環を挟んで、二つの影が対峙する。

 赤光が強まるたびに影が伸び、重なり、また離れる。

 まるで言葉の代わりに、影が論争しているかのようだった。

 互いに触れそうで、決して交わらない――

 沈黙そのものが、刃より鋭く二人の心を裂いていく。


 

「沈黙とは、もっとも正確な対話だった。

 言葉が届かぬ場所で、想いだけがぶつかり合う。」


 その瞬間――制御盤の水晶群が、一斉に閃光を放つ。

 赤白の光が空間を焼き、兄弟の輪郭が溶けるほどに眩しくなる。


 フラッシュの後、世界は一瞬の白に包まれた。

 その白の中で、かすかな呼吸音が重なる。


 やがて――

 その沈黙の果てから、最初の“言葉”が生まれる気配がした。


赤光が、鼓動のようにゆっくりと明滅を繰り返していた。

 熱と静寂が混じり合い、空間そのものが一つの生命のように震えている。

 アランは息を詰め、ルークは息を整える。

 その“呼吸のテンポ”が、わずかにずれた瞬間――世界は確かに二つに分かれた。



「沈黙は、最も残酷な言葉だった。

 兄は“止めたい”と願い、弟は“始めたい”と待っている。

 そのわずかな呼吸の差が、世界を分けた。」


 赤光が、一拍だけ止まる。

 鼓動を失った城は、次の瞬間――全身に力をこめるように光を放った。


 ルークの指先が制御盤の水晶に触れる。

 その指先から波紋のような魔力が広がり、空気の密度が変わった。

 重力がわずかに歪み、床の魔導陣が震える。


 アランは息を呑み、剣に添えた手を強く握る。

 ルークは、静かに息を吐いた。


ルーク(小さく):「……さて。」


 その一言が、沈黙を断ち切る“起動音”だった。

 そして――王城の鼓動が、再び動き出す。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ