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王国爆死録 ヴァルハイト王国 暗殺連鎖〜爆破テロ  作者: 南蛇井


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「構図 ― “距離の物語”」

赤い光が空間を満たしていた。

 それは炎の色でも、血の色でもない。――心臓の内側で灯る光。


 ゆっくりと回転する視界の中で、王城地下の制御区画が形を取り戻していく。壁面に走る魔導管は熱を帯び、周期的に光が流れる。まるで巨大な生き物の神経を覗き込んでいるようだった。


 その中心に、ひとりの男が立っている。

 ルーク。

 背を向けたまま、両手を制御盤の上に置く姿は、祈りにも似ていた。だが彼の周囲に漂うのは静寂ではなく、制御装置と同調した脈動の音――彼が“城の心臓”そのものに接続されていることを告げていた。背後から伸びる赤光が、彼の輪郭を焼く。もはや人ではなく、機構の一部のようだった。


 その五歩ほど手前に、アランが立っていた。

 剣はまだ鞘に収まっている。だが腰の角度と足の構えが、いつでも動けることを語っていた。

 光に照らされながらも、彼の影は濃く、温度を宿している。まるで外界――“地上の人間”を象徴する存在のように。


 二人の間には、円形の魔導陣が刻まれていた。

 直径三メートル、脈動する光の紋。

 それはただの装置ではない。呼吸をしている。

 そのリズムは、赤い鼓動となって床を這い、やがて二人を隔てる膜のように揺らめいた。

 まるで生きた心臓の隔膜。


 ルークはその“内側”に立ち、アランは“外側”に立つ。

 ひとつの生体の中で、内と外――構造と人間が、同時に存在していた。


 光の明滅が、わずかに二人の影を交錯させる。

 交わるたび、断たれる。

 その反復が、彼らの関係のすべてを語っていた。



「二人を分かつのは距離ではない。

それは思想であり、時間であり、戻れぬ過去だった。」



五歩。

 それだけの距離だった。

 だが、その五歩は、兄弟にとって永遠よりも遠い。


 アランの視界には、ただ弟の背中だけが映っていた。

 あの背を、何度追いかけてきただろう。

 まだ剣の重さも知らなかった少年の頃、いつも前を歩いていた小さな影。

 彼が笑えば、世界も光を増した。

 ――そのはずだった。


 けれど今、その背を覆う光はあまりに強い。

 懐かしい輪郭を焼き、記憶ごと霞ませていく。

 そこにいるのは弟ではなく、もはや“王城の意志”そのものだった。


 一方のルークは、アランの足音を感じ取っていた。

 それは鼓膜を震わせる音ではなく、空気の波として伝わる“干渉”。

 金属と魔力の共鳴に乱れが生じるたびに、兄の存在を数値として感知する。

 彼にとってアランは、すでに感情ではなく“現象”だった。


 低い音が、空間を満たす。

 鼓動ではない。――金属のきしみだ。

 まるで心臓が硬質化し、肉から機械へと変わっていくような音。

 王城の鼓動は、いまや生命の証ではなく、構造の運動だった。


 赤光が明滅を繰り返す。

 光が強まるたび、二人の影が床に重なり――すぐに離れる。

 また重なり、また離れる。

 それが、まだ言葉を交わしていない二人の“対話のリズム”だった。



「二人を分かつのは距離ではない。

それは思想であり、時間であり、戻れぬ過去だった。」


魔導陣の中心に、赤光がゆっくりと流れ始めた。

 カメラの視線が真上へと昇り、二人の姿を円の両端に映し出す。

 床の紋様は、まるで鼓動する胎盤のように明滅し、赤い線が規則的に走っていた。

 そこに刻まれた文様は古代の文字にも、神の設計図にも見える。

 だがその意味はひとつ――“境界”。


 円の内側は光、外側は影。

 それは単なる明暗の差ではなく、「存在の位相」の違いだった。

 ルークが立つのは、構造と理性の領域。

 アランが立つのは、血と意志の領域。

 そのあいだを隔てる光の線が、今まさに世界を二分していた。


 上空から見下ろせば、その光の境界はまるで羊膜。

 新しい命を守りながら、同時にそれを外界から切り離す膜。

 ――再生と断絶を、ひとつの円に宿した象徴。

 城の心臓は、いまや“誕生の臓器”であり、“死の境界線”でもあった。


 アランはその光を見つめ、唇を噛んだ。

 心臓の鼓動と剣の重さが、胸の奥で共鳴している。

 あと五歩。

 それだけの距離を詰めれば、弟の肩に触れられる。

 だが、その瞬間に――何かが壊れる気がした。


アラン(心の声):「五歩……それだけだ。近づけば届く。けれど、今は――」


 対するルークは、光の中心で動かぬまま。

 背中越しに、兄の気配を正確に測定していた。

 赤光の波長の揺らぎが、兄の心拍と同調している。

 それを見て、彼は冷静に結論づける。


ルーク(内心):「この距離こそが、完成された構造。

 人間は近づけば壊す。だから、離れていなければならない。」


 赤い光脈が一際強く脈打つ。

 二人の間に流れるのは、血ではなく、構造の呼吸。

 その境界こそが――“兄弟の距離”そのものだった。



赤光が、不意に息を止めた。

 それまで空間を満たしていた鼓動のリズムが途切れ、世界そのものが瞬きの間だけ、呼吸を忘れる。

 制御盤の水晶群が沈黙し、魔導管を流れていた光脈も、まるで血流が止まったかのように凍りついた。

 音が、消える。


 その静寂の中で、ルークがわずかに顔を傾けた。

 振り返らない。

 ただ、兄の存在を背中で感じ取るように、ゆっくりと視線をずらしただけだった。


 赤光がその頬の半分を照らし、もう半分を闇が覆う。

 光の中にある顔は人間で、闇に沈む側は無機質な影。

 まるで“人”と“機械”の境界が、彼の肉体そのものに刻まれているかのようだった。


 アランは、その横顔を見た。

 言葉が喉の奥で燃え、形にならずに消える。

 ただ立ち尽くすしかなかった。

 ――弟はもう、人ではない。だが完全に神でもなかった。


 空間がふたたび微かに脈動し始める。

 止まっていた心臓が、ゆっくりと再び息を吹き返す。

 それは生命の再生ではなく、意思の再稼働。


ナレーション:

「この五歩は、二人の生涯で最も長い距離だった。

 それを越えることは、もう――“言葉”ではできない。」


 そして次の瞬間、赤光が再び走る。

 沈黙の終わりを告げるように。



 赤光が、ふたたび息を吹き返した。

 制御盤の奥底から低い震動が広がり、床を這う魔導紋が脈動を取り戻す。

 ルークの足元に刻まれた円環が、まるで呼吸を始めたように明滅を繰り返し――やがて、その光がアランの立つ位置へと伸びていく。


 紅の筋が床を走る。

 光脈が彼の足元に触れた瞬間、空気が変わった。

 金属と石の匂いの中に、熱と静電気のような“生の感触”が混じる。

 それはまるで、兄弟二人の心拍を同調させようとする“接続”の儀式のようだった。


 アランは息を呑む。

 その音が、脈動する鼓動のリズムに飲み込まれ、空間の一部になる。

 目の前の弟の輪郭が、赤光の揺らぎに溶け、現実の境を曖昧にしていく。


 そして、ルークが口を開いた。

 背を向けたまま、低く、静かに。


「……やっと来たか。」


 声はささやきにも似ていたが、城全体がそれを反響させた。

 まるでその言葉を“心臓”が理解したかのように、天井の導管がうねり、深い共鳴音が鳴り渡る。


 ――対話の幕が、静かに上がった。



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