「息づく城」
赤光が地下の空洞を満たしていた。
壁も天井も、まるで血管のように明滅し、どこか遠くで“心臓”が鼓動する音がする。
アランは剣を握ったまま、その場に立ち尽くしていた。
刃が震えるのではない。震えているのは、彼自身だった。
掌から伝わる熱が、金属の軋みを呼ぶ。剣は主の迷いを映すかのように、わずかに鳴った。
視線の先――赤光に染まる制御盤の前。
ルークが、静かに立っていた。
背を向けたまま、指先を水晶群の上に置き、波紋のような光を生み出している。
彼の呼吸は、装置の脈動と完全に一致していた。
まるで弟自身が、この“生きている城”の一部になったかのように。
アランは一歩、踏み出そうとして、踏みとどまった。
息を飲む音すら、場を乱す気がした。
兄は、理解したくなかった。
だがその理路の先にある真実を、心がもう拒めなかった。
光の脈動がさらに強まり、影が壁に溶ける。
その中で、二人の兄弟だけが――世界の中心に取り残されていた。
ChatGPT:
アランは唇を噛みしめ、赤光に染まる背中を見据えた。
喉の奥が焼けるように痛む。声を出すことすら、拒まれているかのようだった。
だが、それでも――問わねばならない。
「……お前は、王国そのものを、実験にしたのか。」
その言葉は、剣よりも重く空気を裂いた。
地下の空洞が一瞬、脈動を止めたように思えた。
ルークは振り返らない。
ただ、水晶盤に触れていた指をわずかに止め、淡々と答えた。
「違います。器にしただけです。」
それは罪の告白ではなかった。
赦しを求める声でもない。
彼の声音には、驚くほどの静けさ――まるで、太陽が昇るのと同じ“必然”を語るかのようだった。
アランの心に、冷たい理解が沈み込んでいく。
彼の言葉は、狂気ではない。
それが最も恐ろしいことだった。
ナレーション:
「弟は、夢想家でも反逆者でもなかった。
ただ、秩序の延長に“破壊”を見出しただけだった。」
ルークは、制御盤の前からゆっくりと顔を上げた。
赤光が頬を撫で、瞳の奥に深く沈む。
その視線は、アランには向けられなかった。
――もっと高い場所へ。石と魔力と記憶が絡み合う“上”へ。
「兄上。」
ルークの声は囁きにも似ていた。
それでも、その響きは地下の空間すべてに届く。
「城はもう、生きていますよ。」
アランの呼吸が止まる。
次の瞬間、天井の奥――石を伝って、低く重い音が響いた。
まるで巨人が寝返りを打ったような、深い唸り。
地上のどこかで、壁が軋み、塔が震えた。
導管を駆ける赤光が外へと伸び、城壁を這い、尖塔の先端にまで脈動を伝える。
それは炎ではなく、血の流れのようだった。
ルークの唇が、微かに笑みの形を取る。
「ようやく、呼吸を始めた……」
ナレーション:
「王城は、主の命令を待つ獣のように、静かに目を覚ました。
そしてその獣の心臓は、いまや“人の手”によって動いていた。」
制御盤の上で、静かに灯っていた水晶群が――一斉に“目覚めた”。
無数の赤光が交錯し、地下空間は一瞬にして灼けるような光に包まれる。
空気が震え、耳の奥に高周波の共鳴音が突き刺さる。
ルークの掌に、淡い光が集まった。
やがてそれは、空気を押しのけるように形を取り始める。
金属と魔力が絡み合う、始動核。
かつてアランが奪い、破壊したはずのもの。
ルークは微かに息を吐いた。
「あと一呼吸で、完成です。」
その声は、もはや人のものとは思えなかった。
始動核が空中に浮かび、赤光の環を描きながら回転を始める。
その回転に呼応するように、魔導陣の紋が一斉に輝きを増す。
天井の導管が、巨大な心臓の血流のように脈動する。
アランは反射的に一歩踏み出した。
だが――床が呻いた。
足元の石板の隙間から、熱風が噴き上がる。
赤光の奔流が空間を裂き、まるで見えない壁のように彼の前進を拒んだ。
剣を握る腕が、光と熱に焼かれそうになる。
それでも、アランは立ち止まらない。
歯を食いしばり、目を細める。
ナレーション:
「その時、城は確かに息をした。
それは命の始まりではなく――滅びの吸気だった。」
制御盤の上に並ぶ水晶群が、突如として一斉に赤く点灯した。
次の瞬間、空間そのものが震える。
甲高い共鳴音が地下全域に反響し、空気がひび割れるような圧を帯びる。
ルークの掌に、淡い光が集まり始めた。
やがてその光は形を結び、金属と結晶が融合したような――始動核が姿を現す。
それはゆっくりと浮かび上がり、赤光の粒子を散らしながら回転を始めた。
アランは息を呑む。
あの装置は確かに、破壊されたはずだった。
なのに、まるで時間を逆流するように、再びこの場に“生まれている”。
ルークはその光を見上げ、低く、まるで独り言のように呟いた。
「あと一呼吸で、完成です。」
その声が空間を震わせた。
途端に、魔導陣が唸りを上げる。
床を走る紋章が一斉に光り、導管の赤光が血流のように脈打つ。
アランは叫びながら一歩を踏み出した。
「ルークッ!」
だが、間に合わない。
床下から熱風が噴き上がった。
石板が浮き上がり、灼けた空気が嵐のように吹き荒れる。
赤光の奔流が、壁のようにアランの進路を塞いだ。
剣を構える手が震える。
風圧に押されながらも、アランは立ち尽くす。
ナレーション:
「その瞬間、城は確かに息をした。
それは命の始まりではなく――滅びの吸気だった。」
地下空洞が鳴動した。
低い唸りが石壁を震わせ、天井の導管が軋みを上げる。
熱が地の底から噴き上がり、空気そのものが赤く染まった。
アランは反射的に目を覆う。
その瞬間、壁面の古代紋章が次々と光り始める。
封印だったはずの印が、まるで呼吸を取り戻すように――脈動した。
ルークの背後で、魔導陣が花開く。
渦を巻く赤光が上空へと伸び、導管を通って地上へと駆け上がる。
それは塔の頂を貫き、夜空に赤い閃光を吐き出した。
轟音が地表を揺らす。
城壁が波打ち、窓が爆ぜ、空気が吸い込まれる。
まるで巨大な獣が、世界そのものを“吸い込もう”としているようだった。
アランは足を踏ん張り、荒れ狂う熱風の中で叫ぶ。
だが、その声さえも吸い取られるように、空間に飲み込まれていく。
ルークは制御盤の前に立ち尽くし、微動だにしない。
赤光がその頬を照らし、瞳の奥で静かに燃える。
ナレーション:
「その時、王城は確かに息をした。
それは命の始まりではなく、“滅びの吸気”だった。」
光が極点に達した。
全ての赤が、一瞬、白に反転する。
そして――鼓動が止まる音が、世界を貫いた。
灼熱の風が、地下を切り裂いた。
アランは片膝をつき、剣を支えに立ち上がる。
足元の石が砕け、空気が波打つ。
それでも――彼は顔を上げた。
赤光の奔流の中、ルークの姿がぼやけていく。
形を保たず、輪郭が光に溶け、ただその“存在”だけが残る。
制御盤の中心で、彼はゆっくりとこちらを振り向いたように見えた。
アラン(心の声):
「ルーク……お前はいったい、どこまで先を見ている。」
声は届かない。
空間そのものが、光に吸われていく。
周囲の柱が崩れ、天井の導管が断裂し、無数の赤い火線が舞う。
それでもルークの姿だけは、どこか静謐だった。
まるで、自らの消滅さえ計算に入れていたかのように――。
アランの伸ばした手が、光に呑まれる。
視界が赤で満たされ、音も熱も、思考さえも消えていく。
最後に、微かに響く鼓動の音。
それはルークのものか、城のものか、もう判別できなかった。
――暗転。
ただ一条の赤い残光だけが、闇の中で息づいていた。




