告白 ― 異界の記憶
ルークは制御盤の前に立ち、静かに手を伸ばした。
指先が水晶群の表面をなぞるたび、淡い赤光が滲み出し、波紋のように盤面を走る。光は床へと流れ落ち、魔導陣の複雑な紋様がそれに呼応するように脈打ち始めた。
地下の空間が、まるで巨大な生き物の体内のように呼吸する。
低く響く振動の中で、ルークが口を開く。
その声は怒りでも激情でもなく、澄みきった静謐の響きを持っていた。
「この世界の王政は腐っている。兄上も感じていたはずです」
水晶に触れる手を止めぬまま、彼は淡々と続ける。
「民の声は届かず、貴族は血筋を誇り、神は沈黙したまま――」
言葉が響くたび、壁の封印文字がかすかに赤光を帯びる。
「誰も、“正しい形”を知らない。」
アランは何も言わなかった。
剣を握る手に力がこもるのを自覚しながらも、ただ弟の背を見つめる。
その背中から伝わるのは、悔恨や狂気ではない。
講壇に立つ学者のような、確信に満ちた静けさだった。
ルークは懺悔しているのではなかった。
彼は――証明していた。
ルークの指が、水晶盤の上でふと止まった。
波打つ赤光が静まり、地下の空間が一瞬、息を潜める。
彼はゆっくりと振り返った。
その瞳の奥に宿るのは、見覚えのない深淵――
まるで、この世界のどの色にも属さぬ“記憶の影”がそこに揺れていた。
「……だが、前の世界でもそうでした」
淡く微笑しながら、ルークは言葉を落とす。
「俺は“改革”という言葉に飽き飽きしていた。
誰も変わらない。変わろうともしない。
理念も革命も、結局は同じ構造の中で腐っていく。
だから――すべて壊した。」
アランの胸がひやりと冷たくなる。
その一言に、何か底知れぬ現実の重みがあった。
彼はわずかに息を呑み、低く呟く。
「……前の、世界?」
声が震えた。
理解を拒もうとする理性と、信じたくない直感が、喉の奥で衝突する。
弟の目に映る光――それは、この世界のどんな理でも説明できぬ“異界の記憶”の輝きだった。
ルークはゆっくりと水晶盤へ手を伸ばした。
指先が淡く触れると、盤面の赤光がまるで彼の心音に呼応するように脈打つ。
床一面に刻まれた魔導陣が静かに息を吹き返し、淡い波紋が幾重にも広がった。
「ええ。俺はこの城に“呼ばれた”のではない」
彼は穏やかに笑った。
その笑みは狂気ではなく、確信の色をしていた。
「自分で来たんです。――壊すために。」
その言葉に呼応するように、周囲の水晶管が震え、低い共鳴音が地下空間を満たす。
石壁の紋章が赤く輝き、長い年月を経て眠っていた構造が目を覚ます。
まるで、城そのものが彼の意志に従って“鼓動”を始めたかのようだった。
アランは一歩後ずさる。
その光景は、人の理では説明できない。
弟が語る言葉も、もはや常識の域を越えていた。
ナレーション:
「呼ばれた者ではない。
帰ることを拒み、来ることを選んだ者――
ルークは“召喚”ではなく、“侵入”だった。」
赤光が揺れ、空気が震えた。
その中心に立つルークは、もはやこの世界の住人ではなく、
“世界の外”から侵入した――意志そのものだった。
ルークの口元に、わずかな笑みが浮かんだ。
その笑いには熱も焦りもなく、計算を終えた者の静かな確信だけがあった。
「スローライフ? 笑わせるな。」
声が反響し、赤光の中で幾重にも重なって響く。
「退屈を避けるためじゃない――“再構築”のためだ。
この世界はまだ、理性という名の檻に閉じ込められている。」
ルークの瞳が、赤い魔導陣の光を宿して揺らめく。
その瞳には熱狂ではなく、冷徹な理解があった。
まるで神をも観察対象として眺める科学者のように。
アランは剣を構えたまま、微かに手を震わせた。
赤光が刃を這い、彼の頬に血のような輝きを映す。
兄弟愛――かつてともに笑い、語り合った日々の記憶が、
「王」としての義務の重みと激しくぶつかり合う。
理性を守るために剣を振るうか。
それとも、弟を信じた記憶に縋るか。
アランの喉が静かに鳴る。
その音は、崩れゆく信念の軋みのようだった。
ルークが制御盤に手をかざした。
瞬間――赤光が爆ぜるように広がり、地下区画の空気が震えた。
光は導管を伝い、石柱を這い、壁面の紋章を照らし出す。
まるで城そのものが血管を得たかのように、脈動を始めた。
低く、重い共鳴音が地の底から響き上がる。
鼓動。
それは生の証であり、同時に死を告げる鐘の音のようでもあった。
「彼の言葉と共に、城の心臓が早鐘を打ち始める。
それは歓喜の鼓動か、それとも滅びの予兆か。
誰にも、まだ判別できなかった。」
ルークの白衣が光に染まり、赤い脈動の中心に立つ。
その姿はもはや“人”ではなく、城そのものの意志の化身のようだった。
アランは剣を構えたまま、微動だにできない。
だが――その瞳には、恐怖ではなく別の感情が宿っていた。
理解。
この瞬間、兄は知る。
弟の狂気が、単なる破壊ではなく、“確信”によって形づくられていることを。
光が天井を突き抜け、地上へと昇っていく。
鼓動は速く、重く――まるで、世界そのものが息を吹き返すかのようだった。




