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王国爆死録 ヴァルハイト王国 暗殺連鎖〜爆破テロ  作者: 南蛇井


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未完成の城

夜はすでに更けていた。

 王城の長い一日が終わり、廊下を満たしていた足音も笑い声も、今はもうない。

 ただ、蝋燭の火がひとつ、工房の机の上で小さく揺れているだけだった。

 アランはその明かりの下で、黙って手を止めた。

 窓の外――城の向こう側に、ひとつだけ灯る光が見える。

 ルークの部屋だ。

「……まだ起きているのか」

 思わず、独り言がこぼれる。

 それは呆れでも、心配でもない。ただ、胸の奥をひやりと撫でるような感情だった。

 彼の灯りは、どこか暖かい。

 誰かと語らっているのか、書を広げているのか、それとも――何かを企んでいるのか。

 対して自分の灯りは、冷たく、揺らぎも乏しい。まるで理性だけが生きているようだ。

 机の上には、昼間まで扱っていた軍部の報告書が積まれている。

 国境地帯の治安、補給線の再編、そして予算の調整案。

 どれも頭の中で処理済みのはずなのに、今の彼の手はそれに伸びなかった。

 代わりに指先が向かったのは、隅に置かれた小さな模型。

 木片と金属片が組み合わされた、それは――城の断面をかたどったもの。

 アランは静かに椅子を引き寄せ、工具を手に取った。

「……こちらのほうが、まだ素直に動く」

 そう呟きながら、夜の静寂に身を沈めていった。

棚の最下段――そこにだけ、ほこりが積もっていない一角があった。

 並ぶ模型の中で、唯一、未完成のまま置かれているもの。

 それは、王城の地下構造をかたどった模型だった。

 上層の華やかな回廊や尖塔の模型とは違い、土色と鉄灰色で統一された小さな迷宮。

 古い貯水路、封鎖された搬入路、使われなくなった礼拝室……そのすべてが緻密に再現されている。

 だが、中央部に近い一角だけがぽっかりと白く空いていた。

 紙片が貼られ、そこには小さな字で――《未調査区域》と書かれている。

 アランはピンセットを手に取り、細い通路の部品を慎重に差し込んだ。

 金属の微かな音が、静寂の中で響く。

「……完成する頃、この城はまだ立っているだろうか」

 その言葉は、独り言というより、模型への問いかけのようだった。

 木片の迷宮に反射する蝋燭の火が、まるで応えるように揺らぐ。

 王国の心臓たるこの城を、誰よりも正確に縮図として再現しているのは彼自身。

 けれど、そこに映るのは“終わり”の形ばかり。

 アランは短く息を吐き、ピンセットを置いた。

 夜気が窓の隙間から入り込み、未完成の区画の上をそっと撫でていった。

カチリ、と乾いた音がした。

 細い通路の接合部が、ほんの僅かな歪みで外れたのだ。

 アランは反射的に手を止め、転がった部品を指先で拾い上げる。

 木片は軽く、だが指に伝わるその感触には、なぜか現実よりも重さがあった。

「……本当に脆いな。現実も、模型も。」

 呟きながら、彼は慎重に組み直していく。

 ピンセットの先で形を整え、わずかな歪みを修正しながら――

 まるで崩れかけた国家の骨組みを、必死に支えようとしているかのように。

 だが、模型が一度崩れた箇所は、どうしても微かなズレを残す。

 継ぎ目がわずかに歪み、影がそこに深く沈む。

 蝋燭の火がふっと揺れた。

 その光が模型の中の封鎖通路を照らし、細く長い影を伸ばしていく。

 まるで、その奥に“何か”が潜んでいるかのように――

 見えない真実を、光と影が一瞬だけ形にした。

 アランは手を止め、その影を見つめた。

 瞳の奥に、理解と予感が同時に灯る。

 だが彼は何も言わず、ただ静かに部品を押し込み、再び模型を整えていった。

 ――まるで、崩壊を知りながらも構築をやめられない者のように。

アランはピンセットを置き、長く息を吐いた。

 蝋燭の火が最後の一度、静かに揺れる。

 工具の音も止み、工房には再び、夜そのものの静寂が戻ってきた。

 彼は席を離れ、窓際へと歩み寄る。

 硝子越しに見える夜の城下は、闇に沈み、ひとつだけ――遠く、塔の上に灯る光。

 ルークの部屋の灯だ。

 規則正しく瞬くそれは、まるで誰かが夜を支配しているようにも見える。

「……あの光が、何を照らしているのか」

 呟きは、誰に届くでもなく、窓に吸い込まれていく。

 アランはしばし見つめた後、模型棚の前に戻り、慎重に透明なカバーをかけた。

 王城地下構造の模型は、闇の中で静かに沈黙する。

 未完成の空白地が、微かに光を反射している。

 その隣で、ルークの灯が風に揺れた。

 アランは部屋の灯を落とす。

 最後に残るのは、外の光と棚の影――

 まるで二人の“設計者”が、それぞれ違う未来図を描いているかのようだった。

 夜は深まり、城の奥で何かが、ゆっくりと動き始めていた。


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