表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王国爆死録 ヴァルハイト王国 暗殺連鎖〜爆破テロ  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/75

捜索 ―「不在の私室」

 重い扉が、金属音を立てて開かれた。

 警備兵たちが号令とともに一斉に雪崩れ込み、剣の柄に手をかけたまま室内を見回す。


 ――静寂。


 そこには、誰の気配もなかった。


「誰もいません! 机の上……整理されたままです!」

「転移痕、なし。残留魔力もごく微弱です!」


 短い報告が続くたび、虚ろな空気が室内に広がっていく。

 まるで、そこにいた“誰か”の存在だけが、抜け殻のように残されているかのようだった。


 カミラが一歩、音もなく部屋の奥へ進む。

 窓辺のカーテンが大きくはためき、朝の風が吹き込む。

 薄い布が、彼女の腕に絡みついて離れない。


「……自力で消えた、ということですね。」


 その声は、報告ではなく、呟きだった。

 逃亡ではない。

 ――意志をもって“消えた”のだと、部屋そのものが語っていた。


部屋の空気は、まだ人の温度をわずかに残していた。

 机の上には、開かれたままの分厚い本。古代術式の章でページが止まり、指でなぞられた跡がうっすらと残っている。


 その傍らに、冷めきった紅茶のカップ。

 湯気はすでに失われ、代わりに、わずかに漂う芳香だけが“ついさっきまでここにいた”という現実を告げていた。

 朝陽が差し込み、カップの影がゆっくりと机上を伸びていく。影の形が、時の流れそのもののように長く、細く、儚い。


 壁際には、複数の紙図面が無造作にピン留めされている。

 そこに描かれているのは、魔導回路の複雑な構造図。

 細密な青の線の中、ひときわ異質な赤い筆跡が一筋――“波形制御”と記されていた。


 それはまるで、何かを未完のまま残した手紙のようだった。

 この部屋には、去った者の気配ではなく、“思考の続き”だけが静かに残されていた。


廊下の奥から、硬い靴音が近づいてきた。

 その音を聞いただけで、兵士たちは姿勢を正し、背筋を伸ばす。

 次の瞬間、扉の影からアランが現れる。

 夜を徹しての指揮のせいか、頬には疲労の色が濃く、瞳には焦燥の光が宿っていた。


 兵士たちは一斉に敬礼する。だが、アランは応えず、静かに部屋へ足を踏み入れる。

 その視線が、空になった椅子と開かれた書物をなぞるように滑っていく。


「……何も?」


 低く問う声は、すでに答えを知っている者の響きだった。


 カミラが一歩前へ出て、淡々と報告を返す。


「はい。物理的な逃走経路は不明です。

 ただし、ここ数日、私室内で微弱な魔力干渉の反応がありました。

 転移陣の残滓ではなく……何かの“起動準備”に近い波形です。」


 アランは黙したまま、窓辺へ歩み寄る。

 外では、霧が王都を覆い尽くしていた。

 朝陽はまだ届かず、白い海のように揺らめく霧の中に、街の灯だけがぼんやりと浮かんでいる。


 その光を見つめながら、アランの唇がわずかに動いた。

 それは祈りにも、呪いにも聞こえぬほど小さな声だった。


カーテンの隙間から、朝の風が忍び込んだ。

 薄い布が揺れ、冷気が室内の静寂をさらに際立たせる。

 アランはその風の先――机の上に置かれたカップを見下ろした。


 紅茶は、まだ半分ほど残っている。

 飲みかけのまま冷えきったその表面に、窓の光が淡く反射していた。

 ――まるで、さっきまでこの部屋に主がいたことを告げる、最後の痕跡のように。


「……ルーク。お前は、どこまで読んでいた。」


 アランの声は、風にかき消されるほど低かった。

 しかしその響きには、兄としての嘆きと、継承者としての恐れが混ざっている。


 彼の視線が、机上の一冊の書物に移る。

 開かれたままの頁。そこに記された古い術語。

 インクの掠れた文字が、朝の光を受けて微かに浮かび上がる。


 ――“波形制御理論・終式:呼応する器”


 アランの瞳がわずかに揺れた。

 それが何を意味するのか、理解するには時間がかかる。

 だが彼の直感は告げていた。


 この頁が、“ルークの消失”と、“これから訪れる何か”を繋ぐ唯一の鍵である、と。

「姿を消すとは、逃げることではない。

――ある者にとっては、“次の舞台へ移る”という意味を持つ。」


 その言葉のように、部屋は静まり返っていた。

 誰もいない空間に、紅茶の香りと古書の埃の匂いだけが残る。


 カメラが、ゆっくりと窓辺を越えていく。

 外の霧はまだ濃く、王都の街並みを覆い隠していた。

 その白い海のような霧の向こう――


 ひと筋の赤い光が、空をかすめた。

 それは遠く、目を凝らさねば見えぬほど微弱な波長。

 けれど確かにそこにあり、わずかに“呼吸”している。


 まるで、見えざる意志が次の頁をめくるかのように。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ