表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王国爆死録 ヴァルハイト王国 暗殺連鎖〜爆破テロ  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/75

「弟の視線」

 夜更けの工房。

 机上の魔導灯が、ひとつだけ淡い光を落としていた。周囲の闇は深く、作業机の上に広げられた模型だけが、まるで呼吸をしているようにわずかに脈動している。覆い布の隙間から漏れる光が、石壁を薄紅に照らしていた。


 アランは椅子に腰を下ろしたまま、細い金属ピンをピンセットでつまみ上げ、模型の細部へと差し込んでいる。

 手元の動きは寸分の乱れもない。だが、その背筋には確かに、静かな緊張が走っていた。


 ――扉が、軋んだ。


 小さな音だった。だが、工房の静寂にそれは異様に響く。

 アランの手が一瞬止まり、次の瞬間にはまた動き出す。振り向かない。

 彼の耳は、その音の主をすでに理解していた。


 足音。

 一定の間隔で、迷いのない歩幅。

 まるで、この部屋に入ることが“あらかじめ決まっていた行動”であるかのような、冷静な足取り。


 やがてその足音が、机のすぐ背後で止まった。

 魔導灯の光が、薄く伸びた影を二つ作る。

 ひとつは作業に没頭する兄の影、もうひとつは静かにそれを見下ろす弟の影。


 アランはようやく、工具を机に置いた。

 それでもまだ、視線を上げない。


 沈黙が落ちる。

 その沈黙の中で、模型の中に埋め込まれた魔導線が、わずかに赤く脈打った。

 それはまるで、兄弟の間に生まれた見えない緊張を、光が察しているかのようだった。


 ルークは机の反対側へと歩み寄り、覆い布の端を指先でめくった。

 光がこぼれる。魔導灯の白光が模型を照らし、王城の縮図が姿を現す。


 塔、回廊、地下層――すべてが緻密に再現され、赤い導光線が静かに脈を打っている。

 その赤が、ルークの瞳の奥で揺らめいた。まるで、彼の中に潜む何かを照らすように。


 しばらく模型を見つめていたルークが、ふっと口を開いた。

 声は柔らかいが、言葉の端に冷たい棘がある。


「兄上、これでは半分も逃げられませんよ。」


 アランは視線を上げなかった。

 工具を動かしながら、短く答える。


「……わかっている。時間が足りん。」


 淡々とした返答。だが、その声音には焦りも迷いもない。

 むしろ、結果をすでに受け入れている者の静けさがあった。


 ルークの目が、模型の一角――避難経路の終端に止まる。

 光の線は、ある地点で途切れていた。


「“足りない”のは時間だけじゃないようですね。」


 アランの指が、工具を握る力をわずかに強める。

 だが、返答はない。


 模型を挟んで向かい合う二人の兄弟。

 その間を、淡い魔導の光が流れている。

 まるで、光そのものが互いの胸の内を探ろうとしているかのように――。

 赤い光が、模型の表面を静かに流れていた。

 アランはその光の動きを目で追いながら、ルークの言葉の“温度”を測っていた。


 ――半分も逃げられませんよ。


 その何気ない指摘に、単なる嘲りの響きはない。

 むしろ、“情報を持つ者の確認”――そう感じ取れる確かな重みがあった。


(……知っている。だが、どこまでだ?)

 アランは工具を置き、模型の一点に指先を当てる。

 冷静な表情の裏で、思考は静かに巡る。

 言葉を返さないこともまた、計算の一部だった。


 一方のルークは、そんな兄の沈黙を観察していた。

 唇に微笑を浮かべながらも、その瞳は冷たい計算で満ちている。

 彼にとってこの訪問は、感情ではなく“検証”。

 兄がどこまで“設計”を理解しているか――それを見極めるための、短い実験だった。


 光が二人の間を隔てる。

 同じ模型を見ていながら、見ているものはまったく異なる。


「同じ模型を見ていても、彼らが見ているものは違った。」


 アランは“守るための構造”を。

 ルークは“崩すための秩序”を。


 そのすれ違いが、音もなく、模型の上に影を落としていた。

ルークの指先が、模型の上を静かに滑った。

 淡い光が、その軌跡に沿って脈打つ。まるで命脈をなぞるように。


「避難経路を整えるのは良い。でも――」

 声は柔らかく、しかし刃のような冷たさを孕んでいた。

「爆破の発信源が“内部”なら、逃げ道そのものが罠かもしれませんね。」


 アランの手が、止まった。

 金属工具の微かな音が机の上で響き、静寂の中に吸い込まれる。

 光が一瞬、強く揺らぐ。模型の魔導線が赤く瞬き、まるで兄の胸の鼓動を映しているかのようだった。


 沈黙の中、アランはゆっくりと顔を上げた。

 その瞳は、問いを選びながら相手を射抜く。


「……お前は、もう知っているのか。」


 ルークは答えなかった。

 ただ、模型の中央――王冠を象る尖塔の部分に指を置き、軽く押さえる。


「真実は、いつも中心から壊れるものですよ。」


 囁きは穏やかだった。

 だが、その言葉が指す“中心”の意味を、アランは痛いほど理解していた。


 模型の中央塔が、静かに赤く染まっていく。

 光は濃く、血のように深く。

 まるで“そこから何かが崩れ始める”未来を、先取りするかのように――。

ルークはそれ以上、何も言わなかった。

 静かに身を翻し、扉へと歩き出す。

 足音は一定で、迷いがない。まるで、今この瞬間の会話すら予定に組み込まれていたかのようだった。


 アランはその背中を見送る。

 何かを言おうと、唇がわずかに動いた。

 だが――声は出なかった。


 扉が閉まる音が、静寂の中に沈み込む。

 その余韻が消えるより先に、机の上で光が再び脈を打った。


 模型の中央――尖塔の奥に埋め込まれた光石が、鼓動のように明滅する。

 赤い光が部屋をかすかに染め、壁の影を揺らす。


兄弟の間に残ったのは、言葉ではなく、光だけだった。

それはまるで――意思を持つ心臓の鼓動のように。


 アランはその光を見つめたまま、しばし動かなかった。

 やがて、深く息を吸い込み、静かに吐き出す。


 「……始めるしかない、か。」


 呟きは自分に向けた決意のようであり、懺悔のようでもあった。

 魔導灯の光がゆらりと揺れ、模型の上で赤と白が交わる。

 夜はさらに深まり――王都のどこかで、同じ鼓動が、静かに鳴り始めていた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ