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王国爆死録 ヴァルハイト王国 暗殺連鎖〜爆破テロ  作者: 南蛇井


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視線の交錯 ― 二面性の提示

朝の光は、まるで絹を透かしたように柔らかく庭園を包んでいた。

 噴水の水滴が空中で砕け、陽を受けて無数の光粒となる。

 咲きそろった花壇の香りが風に乗り、鳥たちのさえずりが遠くの城壁に反射する。

 その中で、貴族令嬢たちの笑い声がひときわ明るく響いた。

 高い音色の紅茶のカップが噴水の縁で触れ合い、遠くでは衛兵の金属靴が石畳を叩いている。

 穏やかで、どこか芝居じみた朝の平穏。

 アランは裏回廊からその光景を横目に、庭園を横切っていた。

 軍部会議の開始時刻が近い。頭の中では、まだ昨夜の議題整理が続いている。

 だが――ふと。

 風が、止まった。

 噴水の水音さえ、遠ざかるように感じた。

 その一瞬の静寂の中、視線が交わる。

 噴水の向こう、笑い声の中心にいた男――第二王子ルークが、こちらを振り向いたのだ。

 陽光の粒が彼の髪にかかり、まるで絵画のように美しい。

 だが、その瞳がアランを捉えた刹那、笑みが――消えた。

 空気が凍りつくほどの一瞬。

 その目に宿るのは、温度のない鋭さ。

 計算か、敵意か、あるいは何か別の決意か。

 言葉にできぬ感情が、光の反射の中で一閃した。

 次の瞬間、ルークは柔らかな笑顔を戻し、令嬢の言葉に軽やかに応じる。

 何事もなかったかのように、紅茶の香りがまた朝の空気に溶けていく。

 アランは足を止めなかった。

 けれど、胸の奥で何かがざらつく。

 噴水の水音が戻り、風が再び花弁を揺らす中で――彼だけが、その“静止の一瞬”を忘れられなかった。

アランは庭園の小径を、一定の歩幅で進んでいた。

 軍部会議室へ向かうための最短経路――それ以上でも以下でもない。

 夜更けまで模型に向かっていた疲れがまだ残っており、頭の奥では次の議題の組み立てを繰り返している。

 (……また、同じ顔ぶれか)

 噴水の向こうに、華やかな色彩がちらつく。

 絹と香水の匂い、軽やかな笑い声。

 視界の端で、それが第二王子ルークの姿と結びつくのに、時間はかからなかった。

 立ち止まるつもりはなかった。

 ただ、ほんの偶然――噴水の水面が太陽を弾き、その光が一瞬、ルークの瞳に反射した。

 光の筋が一直線に走り、アランの目と交わる。

 その瞬間、世界がわずかに“静止”した。

 風が止み、噴水の音が遠ざかる。

 ただ、二人の視線だけが、時間の中に取り残されるように結ばれた。

 それは、まるで偶然の形をした――必然のような一瞬だった。

ルークがふと、まるで最初からその瞬間を待っていたかのように、振り向いた。

 距離にして十数メートル。

 それでも、その目は確かにアランを射抜く。

 ――笑みが、消えた。

 噴水の水音が途切れたように感じた。

 令嬢たちの笑い声が遠のき、庭園の空気が凍りつく。

 朝の光に照らされたその横顔が、氷の彫像のように静かで、冷たい。

 そこには感情の揺らぎがない。

 怒りでも、憎しみでも、悲しみでもない――ただ、計算された意志の光。

 何かを見透かし、何かを決めている者の目。

 アランの足が、一瞬だけ止まりそうになる。

 その視線の重みが、心臓の奥をわずかに掠めた。

 ほんの一秒。

 だが、その沈黙は言葉よりも長く、確かな意味を孕んでいた。

――ほんの瞬きほどの間だった。

 ルークの表情が、すっと動く。

 氷の仮面が溶けるように、再びあの柔らかな微笑が戻る。

「ええ、もちろん。花壇の管理は母上のお好みでね――ジャスミンの香りが強すぎると叱られるんです」

 令嬢の問いに応じる声は、完璧に穏やかで、どこまでも洗練されている。

 その仕草、言葉、笑いの間合い――全てが一分の隙もない。

 まるで、先ほどの冷たい表情など存在しなかったかのように。

 アランの方を振り返ることは、もう一度もなかった。

 噴水のきらめきの中、ルークは再び“第二王子”の仮面を纏い、社交の舞台へと戻っていった。

アランは歩みを止めなかった。

 ただ、胸の奥に、ひやりとした感触だけが残った。

(……今のは、なんだ?)

 振り返るつもりはない。だが脳裏に、あの瞬間の光景が焼きついて離れない。

 笑みを消したルークの目――あれは、ただの気まぐれじゃない。

 見間違いでもない。

(誰かを……見定めていた。俺を、だ)

 足音だけが芝生を踏みしめる。

 噴水の水音が遠ざかっていくのに、耳の奥ではまだ、冷たい静寂が続いていた。

 ふと、古い記憶が浮かぶ。

 幼い頃、剣の訓練場で向かい合った兄弟の姿。

 あのときルークは、笑いながら剣を構えていた――だがその目だけは、獲物を測るように鋭かった。

 今の目も、あの時と同じだった。

 勝ち負けではなく、“どこに切り込めば崩れるか”を見抜こうとする目。

 アランは息をひとつ吐き、無言のまま歩き続けた。

噴水の水面が、朝の陽を受けてきらめいた。

 ルークの笑顔が、その光の粒の中に溶けていく。

 まるで何事もなかったかのように――完璧な、第二王子の顔。

 アランは通り過ぎながら、その光景を横目に収める。

 心の奥で、誰にも聞こえないほどの声で呟いた。

「……やはり、あいつは何かを隠している」

 その言葉が、春の風に溶けて消えた。

 花壇から舞い上がった花弁が二人の間を横切り、

 兄弟の背中は、噴水の水音とともに――静かに、決定的にすれ違っていった。

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