「傍受された言葉」
夜更けの通信監視室は、息を潜めたように静まり返っていた。
魔導端末の列が、かすかに青白い光を吐き出している。
その中で、通信士が急に身を乗り出した。
「……局長、監視塔B-13から異常符号です。通常チャンネルじゃない。」
低い声が、金属のような響きをもって沈黙を裂いた。
局長が眉をひそめ、リースが操作卓へ滑るように近寄る。
モニターの表面に、ノイズ混じりの波形が踊っていた。
音でも文字でもない、魔力の脈動そのもの――。
しかも、それは王城内部から発せられている。登録のない端末から。
「……城内端末? そんなの、登録リストには――」
リースは言葉を途中で切り、解析プログラムを走らせた。
光の粒子が波形を追い、数字と符号が流れる。
数秒ののち、ノイズの奥から浮かび上がったのは、短い一文だった。
『四十八時間後、城を吹き飛ばす』
時間が止まった。
誰も息をしていない。
監視室の空気は、氷のように固まっていた。
端末の光が、三人の顔を青く照らす。
震える指が、操作卓の上で止まったまま。
局長の喉が、ごくりと鳴る。
その音だけが、世界に残された唯一の現実だった。
リースの指が操作盤の上を走った。
魔導光が連鎖的に点灯し、城内通信網の立体図が宙に浮かぶ。
点滅する赤い点――それが、発信源の座標だ。
「……捕捉、完了……いや、待て、動いた?」
次の瞬間、赤点がひとつ右へ跳ねた。
転送。
追跡を再開すると、また別の端末へ。
しかもその動きは、逃げるように規則正しい。
「……位置が変わる? いや、転送されてる……内部で!」
「誰かが……撹乱してる?」(通信士)
城の魔導ネットワーク全体が、無数の光点で点滅し始めた。
まるで城そのものが心臓のように鼓動し、信号を自らの中で循環させているかのようだった。
局長が険しい顔でモニターを覗き込み、低く問う。
「この信号、誰の認証で通過している?」
リースの返答が、一拍遅れて響く。
「……全員です。全権限が、同時に通過を許可しているように見える。」
沈黙。
あり得ない。
それは誰か一人の犯行ではなかった。
王族、軍、議会、情報局――全ての認証鍵を経由し、すべての“門”が同時に開かれている。
つまり。
この信号は、誰かの手によってではなく――
システムそのものが、通過を“許可している”のだ。
局長の額に、冷たい汗が一筋落ちた。
魔導灯の明かりの中、青白く光る網図は、まるで意思を持った生物のように、静かに息づいていた。
信号が途絶えた瞬間、監視室は音を失った。
魔導端末の光だけが、青く、冷たく、壁を照らす。
誰もが息を殺したまま、時間だけが過ぎていく。
やがて局長が、乾いた喉で言葉を押し出した。
「……これは、宣言だ。」
低い声が響く。
だが、その次の言葉には、かすかな迷いがあった。
「だが――誰に向けての?」
通信士が額の汗を拭いながら、うつむく。
リースは画面に映る最後の波形を凝視していた。
その瞳には、理屈では測れない“既視感”が宿っている。
「……局長。この文体、以前の“設計記録”と似ています。」
その言葉に、局長の眉が跳ね上がった。
「設計記録? まさか……」
リースの指が震える。
端末の光が、彼の頬を蒼白に照らしていた。
「――“設計”が……告げているのでは?」
その瞬間、室内の空気がかすかに揺れた。
誰も触れていないのに、天井の魔導灯が淡く脈打つ。
まるで城そのものが呼吸をし、何かを“伝えよう”としているかのように。
沈黙。
機械ではない。
人の意思でもない。
――構造そのものが、言葉を発している。
情報部の一室で、確かに“何か”が目を覚ました。
局長の眉間に深い皺が刻まれていた。
報告の数々を受け止めてきた男の表情に、今は“理解”よりも“拒絶”が浮かぶ。
理性が言葉を探している――だが、理屈では収まらない何かが、そこにあった。
「……“設計”が、意思を持つだと? そんな馬鹿な……」
声は低く、しかし震えていた。
理性を鎮めようとする意志と、恐怖を押し殺す理屈がせめぎ合う。
一方で、リースの目は違った。
その瞳には、畏れよりも好奇心が宿っている。
未知の知性を前にした研究者の、それに近い光。
「局長、もしかすると……この信号は、私たちの“応答”を待っているのかもしれません。」
通信士が息を呑んだ。
彼は椅子を引き寄せるように身を縮め、青白い魔導光を見つめる。
その光が、自分たちを“観察”している――そんな錯覚が背筋を撫でた。
「……見ている。あれが、見ている……」
声にならない呟きが、誰にも届かないまま消える。
部屋の空気は、冷たく、重く、動かない。
――そのとき。
端末の魔晶管が、かすかに明滅した。
青い光がひときわ強くなり、再び沈む。
まるでそれが、答えるように。
「了解した。」
そう聞こえた気がした。
だが誰も、確認しようとはしなかった。
沈黙だけが残り、
その沈黙が、確かに“意志”を持っていた。




