封鎖命令 ― 「沈黙の城」
深夜、王城の最上層――指令室の灯がひとつ、淡く揺れていた。
外では風が鳴き、遠くで鐘が三度だけ鳴る。
その音が途絶えるころ、重装の伝令が一通の封書を両手で掲げて進み出た。
封書には、情報部の紋章。
魔導封蝋を解くと、青白い光が指令卓を照らし、記録映像が宙に浮かび上がる。
そこに記されていたのは、王弟ルークの署名が押された密輸取引の記録――
裏商会経由の送金、取引品目には爆薬原料。
そして受取人には、すでに行方不明となっている議会派の名があった。
部屋の空気が、きしむように止まる。
アランはしばし映像を見つめ、やがて無言で席を立った。
椅子の音すら、刃のように鋭く響く。
「……全門を封鎖する。誰一人、許可なく出入りさせるな。」
命じた声には怒気も焦りもなかった。
ただ、冷たく研ぎ澄まされた判断の響きがあった。
近衛兵長が一歩前に出て、ためらいがちに問う。
「封鎖、とは……城下の物流も停止いたしますが……」
アランは視線を動かさずに答えた。
「構わん。疑わしきは、すべて内に残す。」
その言葉が落ちた瞬間、室内の空気が変わる。
命令を伝える伝令たちが一斉に駆け出し、魔導印の光が走った。
扉が閉まり、残された静寂の中――
アランの瞳だけが、暗闇の奥で淡く光っていた。
「……これで、逃げ場はない。」
その声は、まるで判決のように静かで確かだった。
伝令の足音が、夜の回廊を駆け抜けた。
王城の各門では、警備兵たちが慌ただしく配置につく。
鉄の鎖が引かれ、重厚な門が軋みながら降り始めた。
ギィ――ン。
その音は、城下の静寂を裂くように響き、風さえ止まる。
やがて、門の裏に浮かび上がる魔導印が淡く光を放ち、
幾重にも結界が重なってゆく。
空気が変わった。
冷たく、硬く、息苦しいほどの緊張が街全体を包み込む。
外では、何が起きたのかを知らぬ民が空を仰いでざわめいていた。
光を失った塔の影が長く伸び、その中で怯えた声が交錯する。
だが――城の中では、誰も声を上げなかった。
王家の居城は、ゆっくりと、確実に、世界を拒む要塞へと変わっていく。
その沈黙こそが、最初の“防御”だった。
封鎖命令から間もなく、王城指令室の扉が荒々しく開かれた。
軍部代表が怒気を含んだ足音で入ってくる。
制服の金飾りが揺れ、怒りに染まった声が響いた。
「王都を封鎖? 民が混乱しています! これは非常識だ、殿下!」
アランは、地図上に置いた手をゆっくりと止めた。
視線を上げる。
その瞳が、淡く光を帯びる。
声を荒げる代わりに、彼は静かに言葉を放った。
「非常識なのは、この城の中にいる“誰か”だ。」
短い沈黙。
その一言が、まるで剣のように室内を裂いた。
軍部代表の肩がわずかに震える。
反論の言葉は喉まで来て――出ない。
彼の目に映るアランは、もはや“王太子”ではなかった。
理性を鎧い、情を切り捨て、
“統治者”としてそこに立つ、ただ一人の男。
その眼差しに射抜かれた者は、
もはや、何も言えなかった。
――こうして王城は完全に閉ざされた。
外の民も、中の者たちも、
同じ“沈黙”の中で夜を迎えることになる。
すべての命令が完了したとき、王城はすでに眠りについたように静まり返っていた。
アランは指令室を出ると、無言のまま城門前へと歩を進める。
石畳を踏みしめる靴音が、やけに重く響く。
月は高く、雲一つない夜だった。
白銀の光が、閉ざされゆく門の縁を淡く照らす。
ガコン――。
最後の扉が、ゆっくりと、重々しく降りていった。
鋼の閂が噛み合う瞬間、空気そのものが震える。
その音は鐘のようであり、警告のようであり――
まるで世界の終わりを告げる音だった。
兵士たちは整列し、一斉に敬礼を捧げる。
その誰もが、声を出さず、息をすることすら忘れていた。
アランは閉ざされた門を見上げたまま、
わずかに口を開く。
「……これで、誰も逃げられない。」
その声音に、感情はなかった。
だが確かに、何かを“封じた”響きがあった。
王城は音を失った。
門が閉ざされる音が、最後の余韻として夜気に残る。
それは秩序の証ではなく、静かな支配の始まり。
――この夜、王の意志は沈黙をもって下された。
そして、沈黙こそが最も深い命令となった。




