カミラの助言 ― 「次の手」
第零室――王国でも数えるほどの者しか存在を知らぬ、思考の地下。
壁一面を覆う魔導記録盤が淡い蒼光を放ち、空気そのものが低く震えている。
その振動はまるで、人間の思考が音になって響いているかのようだった。
扉が静かに開く。
アランが中へ足を踏み入れると、そこにはすでにカミラが立っていた。
蒼光に照らされた彼女の影は、背後の機器と溶け合い、ひとつの“構造物”のように見える。
机の上には封蝋で閉じられた黒い書簡が置かれていた。
蝋には情報局の紋章――蛇が尾を噛む輪の印。
カミラは一歩近づき、低い声で言った。
「報告をまとめました。……ただ、殿下。これは“証拠”ではなく、“予兆”です。」
アランは無言で頷き、封蝋を指先で割る。
中から現れたのは数枚の地図と、符号波形の断片を記した記録紙。
ぱらり、と紙をめくる音だけが静寂の部屋に落ちる。
魔導盤の蒼光がその上を淡く照らし、線と記号を浮かび上がらせた。
アランの目がわずかに細まる。
地図上に印された点――それぞれ議会派の失踪地点。
だが、ただの偶然ではなかった。
その配置は、まるで誰かが描いたかのように、幾何学的な秩序を持って並んでいる。
線を結べば、円と三角が交錯し、中心へと収束する構造が浮かび上がる。
「……これは――」
アランの呟きを、カミラの静かな声が遮った。
「“意図”です。
消えたのは人間ではなく、“配置”そのもの。
彼らは駒ではなく、座標だったのかもしれません。」
アランは視線を地図から離さない。
その目の奥で、思考の歯車が無音のまま回転していく。
「証拠ではなく……“予兆”か。」
淡い蒼光の中で、アランの横顔が硬く、冷たく沈黙した。
その沈黙は、部屋の共鳴音と重なり――まるで“設計そのもの”が呼吸しているように見えた。
第零室の扉が、ゆっくりと重い音を立てて閉まった。
その瞬間、外の世界の喧騒は完全に断たれ、空気が沈黙で満たされる。
壁面を走る魔導盤の光が、低く脈を打っていた。
蒼白い光がカミラの横顔を照らし出す。
彼女は既に待っていた。背筋を伸ばし、机の前に立つ。
机上には、黒い封蝋で閉じられた書簡がひとつ。
蝋は細かくひび割れ、まるでその内側で何かが“息を潜めている”かのようだ。
「報告をまとめました。」
カミラは淡々と告げる。その声音には、いつもの冷静さと、わずかな硬さが混じっていた。
そして、一拍置いて続けた。
「……ただ、殿下。これは“証拠”ではなく、“予兆”です。」
アランは黙って頷き、椅子に腰を下ろす。
手元の灯をわずかに傾け、書簡を開いた。
封を切る瞬間、室内の魔導盤がわずかに反応する。
薄紙が擦れる音が、静寂を切り裂いた。
中には、地図と符号波形の断片。
それは、ただの記録ではなかった。
視線を滑らせるたび、彼の頭の中で“何か”が形を結んでいく。
街路、会議場、消えた議員たちの移動経路。
無作為に見える点が、奇妙な秩序をもって線を成していた。
アランは無言のまま、地図を傾ける。
光が反射し、波形の断片が紙の上で淡く浮かび上がった。
「……意図的な配列だ。」
呟きに応えるように、壁の水晶がひとつ、かすかに共鳴音を立てる。
「その配列は、偶然の報告ではなかった。
――“設計”が、再び動き始めている。」
静寂の底で、カミラの声が落ちた。
「――証拠を探すより、次の手を読むべきです。」
低く、澄んだ声。
魔導盤の蒼光が、彼女の瞳に淡い揺らぎを映していた。
アランは顔を上げた。
その言葉に宿るのは確信ではない。
もっと冷たく、もっと深い――“覚悟”の響きだった。
「……次の手?」
カミラはわずかに頷く。
指先が机上の魔導盤をなぞると、波形がゆっくりと立ち上がる。
それは生き物の呼吸のように脈動しながら、淡く光を放った。
「“設計”は結果ではなく過程です。
過程を読む者だけが、設計者の位置を見抜ける。」
アランは黙って聞いていた。
波形の光が彼の頬を照らすたび、思考の影が揺れる。
カミラはそのまま指で線をなぞり、かすかに息をついた。
「これは“計算”ではなく、“意図”の記録。
消された議員たちは、駒ではなく“座標”だったのかもしれません。」
波形の光が収束し、盤上にひとつの“形”が浮かび上がる。
点と点を結んだ線――地図の輪郭に、酷似していた。
アランの瞳が、微かに光を宿す。
静かな興奮と、予感。
彼は机の引き出しから、古びた地図を取り出した。
時を経て色褪せた紙の上に、指先で失踪地点をなぞっていく。
ひとつ、またひとつ。
指が進むたび、光の線が交わり、ひとつの交点へと収束していった。
「それは偶然ではなく、誰かが描いた“導線”だった。
――設計は、すでに次の頁を開いている。」
蒼い光に照らされた地図の上で、アランの指が静かに動く。
失踪者たちの名の横に記された地点を、一つずつ線で結んでいく。
魔導盤の共鳴音が低く脈打ち、
波形の光が線の軌跡をなぞるように浮かび上がった。
円。
三角。
そして――そのすべてを貫く、一つの交点。
空気が微かに震える。
アランの指が、その中心で止まった。
「……ここだ。」
呟きは誰に向けられたものでもなく、
思考の深淵から漏れたような声だった。
カミラがそっと身を乗り出す。
その視線の先、交点を示す名は――王城・玉座の間。
沈黙。
ただ、魔力の共鳴音だけが二人の間を満たしている。
カミラは息を呑み、何かを言いかけて――口を閉ざした。
アランは目を伏せ、地図に指を置いたまま、思考を深く沈める。
「残る二人。
その位置が、設計の最終交点で重なっている。
――終わりの舞台は、ここか。」
蒼光が静かに明滅する。
その光の中で、アランの瞳はわずかに細まり、
まるで未来を――“設計”そのものを見据えているかのようだった。
「地図はただの記録ではなかった。
それは、終焉へと至る“経路図”――
次の王が選ばれる、運命の座標だった。」
蒼光のゆらめく第零室に、緊張が静かに沈殿していた。
地図の上で、王城の名が青白く脈打つ。
カミラは椅子を離れ、まっすぐに立ち上がった。
その瞳は光を宿しながらも、どこか遠く――“設計”の先を見ているようだった。
「“中心”を見張る必要があります。」
声は低く、しかし決意を秘めていた。
「この設計は、まだ完成していません。」
アランは返答せず、地図に視線を落としたまま、
細く息を吐く。
「……完成させるのは、誰だ。」
指先が玉座の名の上で止まる。
「“設計者”か、それとも“王”か。」
カミラの横顔がわずかに動いた。
その瞳が一瞬、光を反射する――
まるでその問いの答えを、すでに知っているかのように。
沈黙。
だがそれは、単なる思考の間ではなかった。
地の文:
「二人の間に流れる沈黙は、思索ではなく“意志”の音だった。
まるでこの地下の空気そのものが、次の手を考えているように――
王国の運命を設計する、冷たい呼吸のように。」
蒼光がひときわ強く瞬き、音が途絶える。




