政治の動き ― 「二つの王」
王城の朝は、いつになく重かった。
夜明けの光が高窓から差し込み、政務院の長卓を無言で照らしている。
その光は清らかであるはずなのに、まるで刃のように冷たく、
集う者たちの胸中を静かに切り裂いていた。
かつてこの場は、王家の兄弟たちが集い、儀礼的に意見を交わすだけの場所だった。
だが今、椅子に座るのは各派の代表――言葉の一つ一つが、
この国の未来を決定づける「刃」となっていた。
最初に口を開いたのは、議会を背負う老臣だった。
彼は書簡を机に置き、眼鏡越しに鋭い目を光らせる。
「もはや王家単独の判断では国は動かぬ。
アラン殿下の理性にこそ、この時代を導く資格がある。」
その言葉に、軍服を着た壮年の将校が机を拳で叩く。
金属の音が会議室に響き、全員の背筋がわずかに震えた。
「この国を守ってきたのは剣と血筋だ。
若きルーク殿下こそ、真の王にふさわしい。」
二つの声が交差する。
理性と血統。
理念と伝統。
互いの正義が、目に見えぬ魔力のように空気を震わせる。
その緊張の只中、沈黙が降りた。
紙の擦れる音すら止み、誰もが息を潜める。
やがて――誰のものとも分からぬ声が、ぽつりと呟いた。
「……この国には、すでに“二つの王”がいる。」
一瞬、空気が軋んだ。
冷たい朝光が机上を横切り、議員たちの影を二重に割る。
誰もが気づいていた。
“王”という名の象徴が、もはや一つの器に収まらなくなっていることを。
「その瞬間、王城の空気がわずかに軋んだ。
理性と血統。光と影。
どちらが“設計”に選ばれた王かを、
誰もが恐る恐る見極めようとしていた。」
王城の会議が終わる頃――外では、もうひとつの戦いが始まっていた。
廊下を歩く廷臣の耳元を、何かがすれ違う。
それは風ではなく、暗号通信の残響だった。
王都の通信塔を経由し、地下の回線網を駆け抜ける無数の波形。
数字と符号の列が、まるで呼吸をするように変化を続けている。
表では「理性」と「忠誠」の言葉が飛び交う。
だが裏では、“情報”と“恐怖”が通貨となり、
沈黙の取引が繰り返されていた。
その朝、改革派の若き議員が登城の途中で姿を消した。
馬車は見つかったが、扉は内側から鍵がかけられたまま――
座席には、未開封の報告書だけが残されていた。
その数時間後、軍部派の幹部の家族が国外へ逃れたとの報せ。
「理由は不明」――ただし、屋敷の壁に貼られた紙片には、
たった一行、震える文字でこう書かれていた。
《発言の前に、選択を。》
夜。情報局の地下室では、解析官たちが黙々と波形を記録していた。
スクリーンに映る複数の未解読信号。
どれもが短く、断片的で、意味をなさない――はずだった。
だが、ひとつの解析結果が表示された瞬間、
部屋の空気が一変する。
《位相一致――“設計信号”の周波数帯に重複》
誰もが言葉を失った。
それが何を意味するか、理解していたからだ。
「王国の政治は、理性の仮面を被った内戦だった。
声を上げる者は、ひとり、またひとりと沈黙に飲まれていく。
この国の“選別”は、すでに始まっていた。」
情報局地下――厚い石壁に囲まれた、通信記録室。
壁一面に並ぶ水晶端末が、淡い青光を灯している。
静寂の中で唯一、時間だけが音を立てていた。
アランは机に置かれた報告書を一枚ずつめくりながら、
指先で懐中時計を転がす。
秒針が「コツ、コツ」と鳴り、
その律動が室内の静寂をゆっくりと支配していく。
報告書の見出しには、赤い印――**「消息不明」**の文字がいくつも並んでいた。
どの名も、議会派の要職者。
そして、その隅に刻まれた符号の波形。
アランの目が、そこで止まる。
脳裏に浮かぶのは、一ヶ月前のあの“共鳴”。
死者の魔力が城を揺らした夜――王都全体に走った、あの儀式陣の波形。
――まったく同じ周波数だった。
アランは報告書を伏せ、ゆっくりと息を吐く。
目の前の水晶端末が、微かに脈動を始める。
まるで“何か”が呼吸しているかのように。
アラン(低く呟く)
「……影が、また動き出したな。」
彼は時計の蓋を閉じ、冷たい金属の感触を確かめる。
その瞳には、もはや驚きも恐れもない。
「動いているのは、人ではない。」
「――“設計”そのものだ。」
その言葉と同時に、通信記録室の照明が一瞬だけ明滅した。
水晶端末の波形が、まるで応答するように“同調”する。
「静寂が再び訪れたとき、すでに“設計”は再起動していた。
誰もそれを止めることはできなかった。
なぜなら、それは“生きている”ものだったから。」
アランは報告書を机の上に静かに置き、ゆっくりと立ち上がった。
通信記録室の空気は、夜を溶かしきれないまま、重く沈んでいる。
足音を響かせながら窓辺へと歩み寄る。
外はすでに、夜明けの光に染まり始めていた。
だが、その光はどこか不自然に白く――
まるで誰かが設計図の上に描いた朝のようだった。
王都の屋根が連なり、街路の明かりがまだかすかに残っている。
その並びが幾何学的な円を描き、
中心――王城を軸に、まるで精密機構の歯車のように静止していた。
アランは、冷たい石の窓枠に手を置く。
指先に伝わる感触さえ、どこか無機的だった。
「……民が選ぶわけでも、神が選ぶわけでもない。」
声は低く、しかし確信を帯びていた。
「この国の“設計図”が、次の王を選ぼうとしている。」
光がゆっくりと彼の顔を照らす。
その表情には、悟りとも諦めともつかない静けさがあった。
――そして、画面がゆるやかに暗転していく。
「王国は今、静寂の中で新たな“王”を設計しようとしていた。」




