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王国爆死録 ヴァルハイト王国 暗殺連鎖〜爆破テロ  作者: 南蛇井


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極秘指令 ― 「影の追跡者」

夜が完全に沈んでいた。

 王都の街灯がすべて落とされ、地上は眠りの膜に覆われている。

 だが、そのさらに深く――王城の地下には、まだひとつだけ、灯があった。


 情報局第零室。

 通称《カミラの部屋》。


 蝋燭が数本、金属の燭台に並び、炎がゆらりと揺れている。

 灯の明滅に合わせて、厚い書類の山が影を変え、壁の符文がぼんやりと光を返す。

 冷たい石の壁を、どこからともなく水滴の音が伝っていた。

 一滴、また一滴――まるで、この場所そのものが呼吸をしているように。


 紙の匂い、鉄の匂い、そして沈黙。

 それらが層をなし、息を潜めた国家の鼓動を、微かに響かせている。


 この空間に、夜の気配はない。

 あるのはただ、“理性のための闇”――

 世界が眠る間にだけ動く、影の理性の在り処だった。


 深夜。

 王都の灯はすでに落ち、世界がまるで息を潜めたように静まり返っていた。

 だが、アランの足音だけが、王城の地下へと続く裏階段に響いていた。


 誰も知らない通路。

 記録にも載らず、警備の巡回線からも外れた“理性の影”の道。

 そこを抜けた先――湿り気を帯びた石壁の奥に、重い鉄扉がひとつだけあった。


 扉の向こうから、紙を束ねる音。

 そして、かすかに灯る蝋燭の光。


 アランが扉を押し開けると、

 部屋の中央でカミラが立ち上がった。

 彼女の指先には、未整理の報告書。

 驚きとも警戒ともつかぬ瞳が、闇の中で淡く光る。


「……王子殿下が、直々に地下まで降りるとは。」

 低く抑えた声に、紙が擦れる音が重なる。


 アランは微笑とも嘆息ともつかぬ表情で答えた。

「上では“理性”が崩れている。下に来るしかなかった。」


 その言葉に、カミラの眼差しが一瞬だけ鋭さを増す。

 蝋燭の炎が揺れ、壁の影が二人を包み込んだ。


 ――そこは、王国の『影の理性』が眠る場所だった。

アランは静かに手を上げると、部屋の壁に刻まれていた監視符を指先でなぞった。

 淡い光が一瞬走り、次の瞬間、蝋燭の火だけが残る。

 音が、息づかいが、すべて密閉された。


 彼は机の上に一枚の地図を広げる。

 封印符が貼られたそれは、数重の呪文で守られていた。

 符を剥がし、広げた瞬間――紙面に記された赤い印が、蝋燭の明滅とともに不気味に光る。


「この配置を見ろ。」

 アランの声は低く、静かに、しかし確かな震えを帯びていた。

「これは偶然じゃない。……“設計”された連鎖だ。」


 カミラは一歩近づき、地図を覗き込む。

 王族が倒れた地点が、幾何学的な模様を描くように結ばれている。

 それは、古代の禁呪オルド・レティキュラム――王国史から消された儀式陣の形。


「……敵は国外ではなく、王国内。」

 カミラの声が、蝋燭の炎を震わせる。


「ああ。」

 アランは頷いた。

「だが、その“内”が、どこまで侵されているかが問題だ。」


 そう言って、彼は懐からひとつの銀の懐中時計を取り出す。

 古びた装飾。細かな傷が刻まれたそれは、かつてアラン自身が彼女に渡したものだった。

 彼はそっと机の上に置き、時計の針が静かに時を刻む。


「この任務は、記録に残すな。」

 アランの視線が、蝋燭の火越しにカミラを射抜く。

「君は“影”として動け。私の目の届かぬ場所で、敵を見つけろ。」


「……王子命令として?」

 カミラの問いに、アランは小さく首を振った。


「いいや。これは、人としての依頼だ。」


 その言葉に、部屋の空気が変わった。

 階級も、形式も、王命も消えた。

 残ったのは――ひとつの沈黙と、揺るぎない信頼だけ。


 カミラは懐中時計を手に取り、静かに答える。

「承知しました。“影”として――動きます。」


 蝋燭の炎が、わずかに強く揺れた。

 その瞬間、彼女の背に宿ったのは、恐怖ではなく――覚悟だった。


カミラは無言で懐中時計を手に取った。

 銀の蓋を開くと、蝋燭の光が小さく反射し、そこに刻まれた文字が淡く浮かび上がる。


 《To the one who walks in shadow》

 ――“影の中を歩む者へ”。


 その言葉を、彼女は唇の動きだけで静かに読み上げた。

 指先に、わずかな震え。

 それは恐怖ではなく、覚悟の証。


「……了解しました。」

 カミラの声は、地下の石壁に柔らかく響いた。

「影を追う者は、いずれ影に呑まれる。……それでも構いませんね?」


 アランはわずかに息を吸い込み、視線を落とす。

 その瞳の奥に、一瞬のためらい――そして確かな決意が宿る。


「ああ。」

 彼は静かに頷いた。

「君の光を、信じている。」


 その言葉を受け、カミラはゆっくりと立ち上がる。

 背を向け、扉へと歩き出した瞬間――

 灯火の光が彼女の肩を掠め、壁に長い影を描き出す。


 アランは、その影が扉の向こうに消えていくまで、ただ見つめていた。


 蝋燭の炎がひとつ、はらりと揺れる。


「影は生きている。

 それは恐怖ではなく――使命の形だった。」


重い扉が静かに閉じる。

 その音を合図に、カミラの掌の中――古びた懐中時計が“コツン”と小さく鳴った。

 止まっていた針が、わずかに震え、再び時を刻み始める。


 地下の空気が、ほんの少し動いた。

 まるで、長い眠りから醒めた世界が息を吸い込むように。


 カミラは無言のまま、闇の廊下を歩き出す。

 足音が石壁に反響し、やがて遠ざかっていく。

 その背に宿るのは、恐怖ではなく――確かな覚悟だった。


 残されたアランは、微かな蝋燭の灯の下で静かに目を閉じる。

 机の上の地図、その中央の“王都”を指でなぞりながら、低く呟いた。


「この国の敵は、外ではない。……まだ、ここにいる。」


 その声が空気に溶けた瞬間、

 石壁の奥――誰もいないはずの闇が、かすかに震えた。

 まるで“何か”が、その言葉を聞いていたかのように。


「影を追う者は、いつか影に呑まれる。

 だが今、彼女の背に宿ったのは――覚悟だった。」




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