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王国爆死録 ヴァルハイト王国 暗殺連鎖〜爆破テロ  作者: 南蛇井


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23/75

アランの気づき ― 「王族狩りの連鎖」

深夜の工房。

 壁の時計はすでに零時を回り、長針がわずかに震えたまま止まっている。

 蝋燭の光は短く、炎は細い糸のように揺れていた。

 外では風が窓を叩いているが、その音さえも遠く、夢の底のように聞こえる。


 アランは机に広げた紙束の前に、沈黙のまま座っていた。

 眼前には二枚の図――ひとつは王家の血統図、もうひとつは王国全土の地図。

 事件ごとの記録、死亡日時、現場の座標が、細かい文字でびっしりと記されている。

 赤いインクの線が、幾重にも交錯し、複雑な網の目を描いていた。


 アランは細いペン先で、線を一本引く。

 次いで、その線を少し削り、別の角度で引き直す。

 何度も、何度も。

 まるで、自らの思考を実験台にかけているかのようだった。


 背後の魔導装置が低く唸りを上げる。

 熱を帯びた魔力の脈動が、壁を通して空気を震わせる。

 しかし次第に、その振動は――心臓の鼓動のように聞こえ始めた。


「……これは、偶然じゃない。」


 彼の声は、蝋燭の火よりも小さく震えた。

 アランは指で、血統図の王子たちの名をなぞっていく。

 第一王子、第二王子、第五王子、第六王子――

 そして、それぞれの事件発生地点へ線を伸ばす。


 ペンの音が止む。

 アランの手が、紙面の上で静止した。


 視線の先――そこに描かれていたのは、ただの線の羅列ではなかった。

 幾つもの死が、まるで方程式のように配置されている。

 整然と、冷徹に、ひとつの形を成すように。


「数式のように死が並ぶ。

 血の順列、王権の階層、そして――選ばれた滅び。」


 言葉とともに、部屋の空気がわずかに軋む。

 背後の装置の鼓動が強まり、まるでこの“法則”に反応するかのように、低い音を立てた。


 アランは、紙の上に描かれた線の交点を見つめた。

 ――その瞬間、彼の表情が固まる。

 何かに“気づいた”のだ。


 ペン先が震え、机の上に小さな黒い点を落とす。

 その一点は、他のどの線よりも強く、深く刻まれた。


 そして、彼は息を呑む。


「……この配置……まさか。」


 蝋燭の炎が揺れ、机上の影がひとつの模様を浮かび上がらせる。

 その形は――**古代魔導陣オルド・レティキュラム**の外郭と酷似していた。


 アランの瞳に、光が宿る。

 恐怖と理解が交錯する瞬間。

 それは、設計された死の連鎖が“意味”を持つ瞬間でもあった。


アランの手は止まらなかった。

 血統図の上に置かれた地図の端を丁寧に重ね、ペン先で一点ずつ印を結んでいく。

 クロヴィス王子が爆死した研究施設。

 エリアス王子が毒に倒れた晩餐会場。

 そして、アドリアン王子が暗殺された北方の迎賓館――。


 それぞれの点が、赤い線で繋がっていく。

 最初はただの偶然に見えた。

 しかし、線が三本、四本と重なるうちに、図は自ずと形を帯び始める。

 角度、距離、方位――そのどれもが、まるで計算されたように整っていた。


 アランは息を詰め、地図の中央に残された空白を見つめた。

 そこには、王都の中心――王城が位置していた。


 ペン先が、震える。

 理性で拒もうとする思考が、胸の奥から浮かび上がる。


「……この配置……見覚えがある。」


 アランは小さく呟き、書棚の奥から一冊の古い文献を引き抜いた。

 厚い埃が舞い、蝋燭の炎がかすかに揺れる。

 開かれた頁に記された図形は、まさに彼が描いたそれと同じ構造を持っていた。


「“オルド・レティキュラム”――

 王国建国以前、封印された祭式陣……?」


 その名を口にした瞬間、工房の空気が変わった。

 静寂が深く沈み込み、外の風がぴたりと止む。

 机上の地図を包む光が、ふと揺らいだ。


 アランは無意識に地図を持ち上げ、蝋燭の灯にかざした。

 薄紙越しに透けた線が、淡く、規則的に脈動する。

 呼吸するように、まるで生きているかのように。


 光の中で、赤い線がひとりでに繋がりを強めていく。

 それはまるで“誰かの手”が、彼の思考を導いているようだった。


「……導かれている? いや、違う――最初から、設計されていた。」


 アランは地図を握りしめる。

 蝋燭の火が彼の瞳に反射し、炎のような光を宿す。

 その視線の先で、地図の中心――王城の印が、かすかに脈動した。


 まるで、“次はここだ”と告げるように。

アランは、机の上の地図を見つめたまま動かなかった。

 赤い線が織りなす紋様が、まるで心臓の鼓動のように淡く光を返す。

 それは偶然ではない。

 誰かの意思が、何かの意図が、この国の構造そのものに指を伸ばしている。


 ペン先が紙の上をゆっくり滑る。

 彼は震える筆跡で、ひとつの言葉を書き込んだ。


「座」


 その文字を見つめながら、アランは低く息を吐く。

 声にならない呟きが、夜気に溶けた。


「狙われているのは……王家そのものじゃない。」

「“王の座”――この国の理性そのものだ。」


 その言葉と同時に、ランプの炎がかすかに揺らいだ。

 まるで、部屋そのものがその悟りに反応したかのように。

 窓を打つ風が、一瞬だけ止まり、蝋燭の火が細く伸びて、震える。


 アランは背筋を伸ばした。

 音も、光も、息遣いさえもが、何かの視線に縫いとめられたような錯覚を覚える。

 目には見えぬ“意志”が、彼の思考を監視している――そんな感覚。


「……誰だ。

 いや、“何”が、これを設計している?」


 心の底に、冷たいものが流れ込む。

 理性を信じ、理屈で世界を測ってきた彼の脳裏に、初めて“恐怖”という言葉が形を取った。


 それは理性の反対側にある、もっと根源的なもの――

 “理解不能な設計”への恐怖だった。


 ランプの炎が再び揺れ、工房の壁に映る影がふたつに割れる。

 ひとつはアラン自身。

 もうひとつは――誰のものとも知れぬ、揺らぐ“影の設計者”。

アランは机に額を押しつけた。

 冷たい木の感触が、微かに汗ばんだ肌を撫でる。

 指先が震える。

 握りしめた拳の中で、爪が掌に食い込むのも構わず、彼は呼吸を殺した。


 ――静寂。

 だがその沈黙の底で、別の声が蘇る。

 あの、皮肉と好奇心を混ぜ合わせたような、少年の声音。


「もしこの城が丸ごと消えたら――面白くないですか?」


 ルーク。

 あの言葉が、まるで呪文のように脳裏で反響する。

 彼の無邪気な笑いが、今になって背筋を冷たく撫でた。


 アランの目が見開かれる。

 脳裏で散らばっていた点が、音もなく結び合う。

 事件の配置、血の系譜、封印された陣形――

 それらが、ひとつの“設計”として姿を成していく。


「……まさか。」

「最初から、これは“儀式”として――」


 言葉が終わるより早く、背後で“コツン”と音が鳴った。

 壊れたはずの時計の針が、一度だけ跳ねる。

 止まっていた時間が、何者かの手によって“動かされた”ように。


 アランは振り返らない。

 ただ、静かに息を吸い、震える声で呟いた。


「……ルーク。

 お前は、何を――どこまで見ていた……?」


 外では、夜風が鳴った。

 その音はまるで、失われた友の笑い声が闇に混じったかのように、

 淡く、どこまでも遠くへ消えていった。

アランは、動けなかった。

 地図の上に指を置いたまま、ただ、そこに刻まれた線を見つめている。

 円と交点、血と名。

 すべてが“ひとつの形”を作り上げていた。


 机の上の蝋燭が、最後の息を吐くように小さく揺れ、

 やがて――音もなく燃え尽きた。


 闇。

 それは思考の終わりではなく、むしろ始まりのようだった。

 部屋の隅で、魔導装置の残光が淡く瞬く。

 その光が地図の中央――“王都”の位置を照らし出す。


 光は、まるで呼吸しているかのように脈打った。

 赤でも青でもない、何か不気味な“理性の光”が、静かに広がっていく。


「設計は、生きている。」


 その言葉が、アランの胸の奥で形を持った。

 死者の意思ではない。陰謀の残響でもない。

 それは、理性そのものが“自らを滅ぼすために組まれた方程式”のようだった。


「王家の滅びを――ひとつの“完成図”として描くために。」


 暗闇の中、アランの瞳が光を映した。

 その目に宿るのは、絶望ではなく、理解の兆し――

 そして、理性が“ひび割れる”直前の、危うい静寂。


 外では、夜が更けていく。

 だがその夜は、もはや“ただの夜”ではなかった。

 世界が音を失い、理性が形を失う夜――

 アランの中で、何かがゆっくりと崩れ始めていた。








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