国際的孤立 ― 「途絶する回線」
夜明けの王都を、薄い靄が覆っていた。
街の鐘がぼんやりと響き、石畳の上に朝日が滲む。
その静けさの中で、王都報道庁の通信塔だけが――かすかな唸り声を上げていた。
塔の最上階。
並んだ魔導通信盤の前で、若い通信技士が眉をひそめる。
彼の指先が、青白く光る水晶盤の表面を滑った。
「……おかしいな。北方回線、応答なし……」
隣の技師が顔を上げる。
「今朝の点検では問題なかったはずだ。」
しかしその瞬間――通信盤の隅で、青の光がふっと消えた。
続いて、別の水晶が淡く明滅し、消滅。
まるで誰かが順番を決めて、光を摘み取っていくように。
「南方も沈黙……! 干渉か? いや、違う……波形が……歪んでいる!」
技師たちの声が次第に高まり、室内に焦燥の匂いが漂う。
だが、どの魔導盤も一様に沈黙を返すだけだった。
地の文:
「まるで、空の向こうの声が順に消されていくようだった。」
青かった光がひとつ、またひとつと消え、
最後に中央の制御盤のランプが、短く点滅して――闇に溶けた。
「全回線、応答なし!」
「議会に報告を――!」
若い補佐官が慌てて通信用端末を操作する。
しかし、王都内の回線ですら反応がない。
まるで王国全体が、厚い硝子の中に閉じ込められたようだった。
沈黙が広がる。
誰もが息を飲み、ただ光を失った盤面を見つめる。
地の文:
「その朝、王国は初めて“音”を失った。
それが戦争の始まりではなく――“断絶”の始まりだった。」
王都の朝靄が晴れるより早く、議会庁舎の鐘が鳴り響いた。
臨時本会議――外交通信の断絶と、第六王子暗殺を受けての緊急招集である。
重厚な扉が閉じられると同時に、室内には怒りの熱が満ちた。
整然と並ぶはずの机が、今は罵声と拳で揺れている。
「軍部が禁術毒を管理できなかった結果だ!」
「寝言を言うな、外交殺人を仕掛けたのは貴様ら議会派の情報網だろう!」
声が交錯し、議場の天井に反響した。
書記官の羽ペンが止まり、記録の意味を失う。
議長が何度も木槌を叩くが、その音はもはや怒号の波に呑まれていた。
「証拠を出せ!」
「出せるわけがあるか、証拠は軍が隠した!」
「ふざけるな! この国を外から切り離したのは議会の交渉の失敗だ!」
理性を掲げたはずの円卓が、もはや裁きの檀上に変わっていく。
白い壁に飾られた王家の紋章が、煙のような熱気にかすむ。
地の文:
「理性を掲げた議会の机は、いまや怒りの太鼓台となっていた。」
議員たちの声は、怒りと恐怖の境界を見失っていた。
誰も真実を求めてはいない――ただ、自分が“生き残るための言葉”を叫んでいる。
会議の隅。
一人の若い議員が、窓の外の灰色の空を見つめて呟いた。
「……この国は、いつから声を上げるたびに壊れていくのだろうな。」
その呟きもまた、罵声にかき消される。
そして議場の外では、沈黙した通信塔が――ただ無言のまま、霧に包まれていた。
重厚な石造りの軍務省。その奥にある作戦指令室では、
魔導通信盤の結晶が低く唸り、緊急会議の灯が夜明けを拒むように燃えていた。
壁に設けられた水晶盤には、無数の干渉波形が映し出されている。
それはまるで、見えない敵の呼吸の記録のようだった。
「周波数の乱れは北方域から始まり、現在は全域に拡散中!」
「発信源は国外と見られます! リュミエール連邦、もしくはその同盟圏からの干渉の可能性が――」
若い将校が立て続けに報告を投げる。
会議卓の上では地図が魔力の光で照らされ、国境線が青く震えていた。
だが、レオンは黙ったまま、腕を組んで報告を聞いていた。
彼の視線は波形の一点に釘付けになっている。
やがて、低く、誰も予期しなかった声がその静寂を切り裂いた。
「……外か。」
短い間。
その一言の後、レオンはゆっくりと顔を上げる。
「いや――これは“内”の仕業だ。」
指先で示された波形の頂点。
それは、王国軍でしか使われない符号――
魔導通信の基幹周波数に、異常なまでに酷似していた。
部屋の空気が凍る。
将校たちは顔を見合わせ、誰も息を飲む音すら立てられなかった。
「まさか……内部で、通信を妨害している者が?」
「あり得ません、閣下。王都の中枢に侵入できるのは――」
「その“あり得ない”を起こしているのが今の現実だ。」
レオンの声は鋼のように静かだった。
その沈着さが、かえって恐怖を増幅させる。
沈黙の中、通信盤の光がまた一つ消える。
それは、国の息が止まる音にも似ていた。
地の文:
「敵は遠くにはいなかった。
この沈黙を生み出したのは、王国自身の鼓動――その歪んだ反響だった。」
工房の中には、雨の名残りを含んだ冷たい空気が漂っていた。
壁際の魔導端末が、低い音を立てながら微かな光を放つ。
アランはその前に座り、水晶盤に指を滑らせた。
通信符号を入力する。
何度も、丁寧に、規則正しく。
だが返ってくるのは、ただの沈黙だった。
「……応答なし。」
再度、別の回線。
王立研究局、議会、軍務省――どこを呼び出しても、結果は同じ。
音が、なかった。
光結晶の共鳴音も、魔力の脈動も、まるで世界が息を止めたように消えている。
地の文:
「王国は、世界から音を失った。
外に向けて開かれていた窓が、一枚ずつ閉ざされていく。」
アランは手を止め、水晶盤に映る自分の影を見つめた。
その影の輪郭が、まるで誰かに削られていくように薄れていく。
アラン:「これは……偶然じゃない。」
低く、噛み殺すような声。
瞳に宿るのは、怒りではなく確信だった。
「外を断ち、血を絶つ――“設計”は、最終段階に入っている。」
机の上には地図。
王都を中心に、六つの印が描かれていた。
それは、六人の王子の名を示す座標――
だが、ほとんどの印が黒く塗り潰されている。
ルーク、ユリウス、クロヴィス、エリアス、アドリアン。
すべての名が“終わり”を告げていた。
残る印は、ひとつだけ。
「アラン・オルド王子」――その名の上で、微かな光が瞬いた。
光は震え、やがて静かに点滅を繰り返す。
それはまるで、誰かが遠くから“座標”を確認しているかのように。
アランの手が止まる。
その瞳の奥で、理性と恐怖が交差した。
「音を失った国の中で、
最後に残された“声”は、彼自身の心臓の鼓動だった。」
夜。
王都の上空には、雲ひとつない蒼黒の空が広がっていた。
風は止まり、灯のない街はまるで眠る巨人のように沈黙している。
報道庁の丘にそびえる通信塔――
その頂にある制御室は、すでに無人だった。
窓から差し込む月光が、冷えた機材の表面を鈍く照らしている。
机の上には、停止したままの通信水晶。
数時間前に完全沈黙したはずのそれが――
ふいに、かすかな光を帯びた。
青とも白ともつかない、震えるような明滅。
そして、ノイズ混じりの声が、虚空の中から滲み出す。
《……聞こえますか……》
《……設計は、まだ……終わって……いない……》
声は途切れ、また繋がり、
まるで遠い深淵の底から、誰かが“こちら”を覗いているようだった。
次の瞬間――光はふっと消えた。
水晶は、ただの透明な石に戻る。
静寂。
機械の音も、風の囁きも、何ひとつ響かない。
「沈黙は、終わりではなかった。
それは、見えぬ“設計者”の呼吸そのものだった。」
その呼吸は、確かにまだ――この王国のどこかで続いていた。




