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王国爆死録 ヴァルハイト王国 暗殺連鎖〜爆破テロ  作者: 南蛇井


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21/75

事件発生 ― 「静寂の晩餐」

リュミエール連邦――氷と光の都セレスティア。

 そこは理性と技術が統べる、王国にとって最も重要な外交の相手国だった。


 その夜、迎賓館ルミナスホールには、

 雪を思わせる白亜の壁と、深い蒼を湛えた天井のドームが静かに輝いていた。

 天井から吊るされた光結晶のシャンデリアが、

 氷の彫刻とガラスの杯を照らし、まるで星空が降り注ぐような幻想を作り出していた。


 空気には香水と食材の芳香が溶け合い、

 楽団が奏でる弦の調べが柔らかく流れる。

 人々は微笑みを浮かべ、儀礼的な言葉を交わしていた。

 ――完璧な“平和の演出”。

 誰もが、この夜だけはすべての不安を忘れたふりをしていた。


 長卓の中央、王国の紋章旗がリュミエールの紋章と並ぶ。

 第六王子アドリアンは静かに立ち上がり、グラスを掲げた。

 彼はまだ若く、温和な笑みを絶やさぬ王子として知られている。

 その穏やかさは、国の未来への希望の象徴だった。


 > 「今日という日を、両国の理性が結ぶ証として――」


 その声は澄んでいた。

 リュミエールの宰相ヴェルナーが微笑み、同じく杯を掲げる。

 > 「共に歩む未来へ――」


 音楽が途切れ、会場の視線が二人へと注がれる。

 グラスが交わり、透明な音が空気を裂いた。


 その瞬間――光が、わずかに揺らいだ。


 天井のシャンデリアが、ほんの一秒、影を落とす。

 誰もが気づかないほどのわずかな違和感。

 だが、その刹那、アドリアンの胸元の金のブローチが淡く発光した。

 音はなかった。

 閃光が一筋、心臓を貫いたように見えた。


 王子は微笑を保ったまま、ゆっくりと椅子にもたれ――そして、崩れ落ちた。

 グラスが床を転がり、赤い液体が広がる。

 だが、その色はワインではなかった。


 > 「殿下……? 殿下!」


 叫びがあがる。

 だが、返事はない。

 胸元の衣の下、心臓の位置に黒く焦げた紋が残っていた。

 それは、王国式の魔導刻印――

 つまり、“内部の技術”によって刻まれた焼痕だった。


 静まり返った会場。

 人々の瞳が、ひとつの方向へ向かう。

 ――王国代表団。


 > 地の文:「誰が殺したか、誰も見ていなかった。

 >      ――にもかかわらず、全員が“王国”を見た。」


 宰相ヴェルナーが低く息を吐く。

 > 「理性を語る国ほど、最も脆いものだ……。」


 やがて、冷たい命令が下された。

 王国の使節団は拘束され、王国船籍の通信は遮断。

 翌朝、リュミエール政府は公式に発表する。


 > 「本事件は、王国内の権力抗争による自作自演の疑いがある。」


 王国の旗は迎賓館から降ろされ、

 代わりに、白と青の国旗だけが冷たく風に揺れた。


 雪の降りしきる夜明け、

 アドリアンの遺体は氷の塔の中に封じられ、帰国を許されなかった。


 そして――王国の名は、静かに“孤立”という闇へ沈み始めた。

 氷のセレスティア

 夜の空気は凍りつくほど澄み、迎賓館ルミナスホールの白壁が月光を反射していた。

 その内部――金と蒼の装飾で満ちた大広間では、音楽と笑い声が絶え間なく流れている。


 銀のカトラリーが皿を叩く音。

 シャンデリアから滴る光の粒。

 そして、繰り返される同じ言葉。


 > 「再びの友好を願って――」


 まるで祝詞のように、外交官たちはその言葉を口にしていた。

 彼らの笑みは整いすぎていて、空気までもが人工の香りを帯びている。


 王国第六王子アドリアンは、

 席の中央で静かにグラスを持ち上げていた。

 柔らかな金髪が光を受け、彼の横顔をほのかに照らす。

 若さゆえの緊張はあったが、その瞳には確かな誠実が宿っていた。


 彼は外交官として初めての大舞台に立っている。

 けれど、その胸の内は不思議と穏やかだった。

 ――兄アランの願いを継ぐ者として、ここに立てているのだから。


 > (兄上……僕は、貴方のように“理性”で国を守ってみせます。)


 アドリアンは心の中で呟く。

 あの優しくも厳しい兄の横顔を思い出す。

 剣よりも知を、力よりも秩序を――そう信じる兄の背中。

 その理想を、この場で証明したかった。


 楽団の旋律が流れ、客人たちが一斉に立ち上がる。

 ホールの最奥、リュミエール連邦の宰相ヴェルナーがゆっくりと杯を掲げた。

 白髪に光を受け、まるで氷の彫像のように荘厳だ。


 > 「王国とリュミエールの永遠なる理性と信義に――。」


 響く声は静かで、重かった。

 彼の周囲に並ぶ貴族や学術官僚たちも同じ言葉を繰り返す。

 > 「理性と信義に。」


 透明なグラスがぶつかり合い、軽やかな音が高天井に散った。

 その音は一瞬、美しくも脆い氷の鐘のように響き――そして、消えた。


 音楽が途切れたあとも、笑顔だけが残っていた。

 その笑顔が、どこか張り付いた仮面のように見えたのは、

 アドリアン自身も気づいていなかった。


 > 地の文:「その夜は、誰もが平和を演じていた。

 >      ――理性の名の下に、沈黙という毒を飲みながら。」


乾杯の声が響いた直後だった。


 白い天井から吊られた光結晶のシャンデリアが、ふと震えた。

 誰も気づかぬほどの、わずかな揺らぎ。

 だが、光の角度が一瞬だけ歪み――宴席の色が、静かに“ずれた”。


 楽団の弦が、途切れる。

 グラスを傾けたままの手が、止まる。

 それは風でも、地震でもなかった。

 “理性の演奏”の中に、ひとつだけ異物が混じった瞬間だった。


 アドリアンの胸元。

 金糸の紋章を飾る青いブローチが、淡く光を帯びる。

 まるで心臓の鼓動に呼応するように、規則正しく――そして、次の瞬間。


 音はなかった。

 光だけが、彼を貫いた。


 無音の閃光が走り、白い壁を一瞬だけ蒼に染める。

 風も爆発もない。ただ、時間が“消えた”。

 アドリアンの瞳が一度だけ大きく見開かれ、その中に光の残滓が映る。


 > 「――兄上。」


 声にならない呟き。

 そのまま彼は微笑を保ち、椅子の上で静かに倒れた。


 グラスが手を離れ、赤いワインがテーブルクロスを濡らす。

 それがまるで、血のように見えた。


 静寂。

 誰も息をしていなかった。

 ただ、香水と煙の匂いが、異様に濃くなっていく。


 近くの侍従が慌てて駆け寄る。

 その指が、アドリアンの胸元に触れた瞬間、息を呑んだ。


 > 「……焼けている。」


 衣服の下、心臓の真上に黒い円

晩餐の光が、止まった。


 椅子が一脚、床を擦る音すら響かない。

 人々は誰も叫ばず、息を呑んだまま凍りついていた。

 ワインの赤が、白布の上にゆっくりと広がる。

 それは血よりも鮮やかで、どこまでも静かな“死”の色だった。


 アドリアンの身体は微動だにしない。

 その瞳に映るシャンデリアの光が、まるで凍結した時間の中で震えている。


 > 「誰が殺したか、誰も見ていなかった。

 >  ――にもかかわらず、全員が“王国”を見た。」


 リュミエールの宰相ヴェルナーが、椅子を押しのけて立ち上がる。

 冷ややかな声が、静寂を切り裂いた。


 > 「……封鎖を。」


 その言葉と同時に、青銀の鎧をまとった警備兵たちが扉を塞ぐ。

 刃は抜かれず、魔導灯が点り、薄青い魔力の光が会場を照らした。


 分析官たちが、倒れた王子の衣服を慎重に調べる。

 彼らの額には冷や汗が浮かんでいる。


 ひとりが小さく息を詰まらせ、震える声で告げた。


 > 「この反応……王国式の魔導符号です!」


 瞬間、空気が爆ぜた。

 ざわめき――しかし誰も声を張り上げない。

 貴族たちが互いの顔を見合い、まるで毒を含んだ沈黙を舐め合うように息を呑む。


 王国の使節団の代表が一歩前に出ようとするが、

 兵士の槍がその動きを封じた。


 > 「待て、誤解だ!」

 > 「誤解……? この場の誰が“誤解”を信じる?」


 ヴェルナーの声は氷のように冷たかった。

 彼の視線が、倒れた王子の胸に刻まれた焦げ跡に落ちる。


 > 「この紋――我々の術ではない。

  お前たちの“王国式陣”だ。」


 その一言で、晩餐の“平和”は音もなく砕けた。


 外交とは、理性の舞台だったはずだ。

 だが今、その理性は無言の刃で貫かれた。


 王国代表団は拘束され、リュミエールの紋章旗が静かに降ろされる。

 光結晶の灯が一つ、また一つと消えていく。


 残されたのは、ひとりの王子の亡骸と、

 誰も発しない“断絶”の気配だけだった。

事件から、わずか三時間後。

 リュミエール政府は異様な速さで公式声明を発した。


 > 「本件は、王国内部の権力抗争に起因する自作自演の可能性が高い。

 >  リュミエール連邦は、友好国として事態の沈静化を見守る。」


 その声明は冷徹な外交文書の形を取りながら、

 事実上――王国の「狂気」を宣告するものだった。


 記者会見の場では、誰も王子の名を口にしない。

 “第六王子アドリアン”という存在は、

 すでに“国際的な不都合”として処理されていた。


 > 「理性の名のもとに、沈黙が採択されたのだ。」


 同時に、王国使節団の拘束が命じられる。

 護衛官たちは一列に並ばされ、無言のまま護送車に乗せられた。

 彼らの肩章には、まだ王国の紋章が光っていた。


 > 「発言は許可されない。抗弁は外交特権の範囲外だ。」


 冷たい声が響き、彼らは国外追放の手続きを受ける。

 “強制送還”――その言葉の裏に、

 王国の信義が一枚ずつ剥がれ落ちていく音があった。


 アドリアンの遺体は、外交儀礼の名のもとにリュミエール医療庁へと送られた。

 だが、その後の引き渡し要請には一切応じられない。

 王国側に届けられたのは、冷たい書簡一通だけだった。


 > 「検視と調査のため、遺体は連邦の管理下に置かれる。」


 つまり――彼の身体は、祖国に帰れなかった。


 > 「まるで、理性が国境で立ち止まったように。」


 夜のセレスティアを覆う霧の中、迎賓館の窓明かりが一つずつ消えていく。

 外交とは、もはや言葉の戦いではなかった。

 沈黙そのものが、最大の“武器”に変わっていた。


 誰も、真実を口にしない。

 ――いや、口にできない。


 その静寂の奥で、“設計者”の線はまた一つ、

 見えぬ地図の上に引かれていった。

夜の王都は、雨を含んだ冷たい霧に包まれていた。

 アランの工房では、いつものようにランプの灯が小さく揺れている。

 机の上には、王都を中心に広がる精密な模型――

 その北方部、リュミエールの位置に、小さな光の印が灯されていた。


 外から駆け足の音。

 扉が開かれ、濡れた外套のまま、報告の使者が立ち尽くす。

 息を整えながら、彼は低く告げた。


 > 「……第六王子、アドリアン殿下が――暗殺されました。」


 その言葉は、雨音よりも静かに、部屋に沈んだ。


 アランはゆっくりと視線を上げる。

 答えの代わりに、ただ一つの言葉を絞り出す。


 > 「…………そう、か。」


 それ以上の音はなかった。


 手にしていたペンが指先から滑り落ちる。

 乾いた音が床に響き、やがて静寂に吸い込まれる。

 ランプの炎が揺れ、机上の模型の“北方部分”――

 リュミエールを象った塔が、ぱきりと音を立てて崩れ落ちた。


 アランはその破片を見つめる。

 指先を伸ばしても、もう戻らない形。

 彼の胸の奥で、何かが静かに――崩れた。


 > 「それは、兄としての悲しみか。

 >  それとも、理性を支える最後の柱の崩壊だったのか。」


 雨音が再び強くなる。

 工房の窓を叩くその音が、まるで遠い鐘のように響いた。


 ――理性の国に、また一人、沈黙が生まれた。






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