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王国爆死録 ヴァルハイト王国 暗殺連鎖〜爆破テロ  作者: 南蛇井


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政治背景

工房には夜の静けさが満ちていた。

作業机の上には、昼間に広げたままの議会資料が散らばっている。紙の端には「王命の代筆」「議会承認」「軍部予算案」——無機質な文字が蝋燭の灯に照らされ、ゆらゆらと影を落としていた。

アランは模型の部品を指先で摘み上げ、木片の形を整えながら、無意識にその書類へと視線を滑らせた。指先の動きに集中しているはずなのに、頭の中では昼の議場の光景が、霞のように蘇っていく。

——豪奢な議場。重苦しい香の煙。誰もが互いの出方を伺い、発言より沈黙の方が多い空気。

若手議員が投げかけた現実的な質問も、老貴族の皮肉混じりの一言で押し潰された。

アランは部品をひとつ、机の上に置く。小さな音がやけに響いた。

蝋燭の炎がわずかに揺れる。

「あの部屋には、国を動かす言葉はもう残っていない。」

呟きは、ため息のように低く。

「ただ席を守るための声だけだ。」

木片を組み合わせる手は止まらない。だがその眼差しは、模型ではなく遠くの記憶を見ていた。

昼間の議場の空気の鈍重さが、夜の静寂の中でもまだ彼の胸に沈殿しているようだった。

アランはピンセットを手に取り、模型の王城の尖塔をそっと磨いた。

光を受けて、細工された窓枠が淡く輝く。だが、磨くたびに胸の奥が冷えていく。

この小さな城の中央、玉座の間にあたる空間だけが——まだ、ぽっかりと空いていた。

支柱も装飾も未完成のまま。何度手を伸ばしても、そこだけは組み上げる気になれない。

「……父上も、今はもう、こんな風に座ることもない。」

ぽつりと呟いた声は、工房の壁に吸い込まれていった。

病床の父王。管に繋がれ、わずかに瞼を動かすだけの姿。

その“王命”は、今や侍従長と議会の合議で作られる代筆文にすぎない。

兄弟たちは次々と国外へ出され、“外交使節”や“顧問職”の名で実質的に幽閉されていった。

残された自分も、“王族代表”という肩書の下で、何も決められぬ象徴として座らされているだけ。

アランは磨き布を置き、模型の中心を見つめた。

完璧に整った外壁と塔の群れ。だが、中心——王の居場所——だけが空洞。

「王がいない国は、外から見ればまだ立派に見えるのかもしれないな……」

皮肉のような、祈りのような言葉が、誰にも届かぬまま宙に溶けた。

机の端に無造作に置かれた書類の束。

その一番上に、二つの印章が並んで押されていた。

ひとつは議会の紋章――羽根ペンと秤を象った金色の印。

もうひとつは軍部の印章――剣と盾を交差させた赤い紋。

同じ国の公印であるはずなのに、並んでいるだけでどこか不穏だった。

まるで、互いを拒絶する“敵の紋章”のように。

アランは視線を落とし、静かに息を吐いた。

「議会は言葉で国を繋ごうとし、軍は剣でそれを縛ろうとする。

……どちらも正しい。だが、どちらも遠すぎる。」

指先のピンセットを動かし、机の上の箱を二つに分ける。

片方の箱には「右派」、もう片方には「左派」と刻まれた札。

模型の部品を分類するたび、心の奥にざらりとした違和感が広がる。

同じ木片、同じ素材。だが、組み合わせ方を間違えれば――

ぱきり。

細い梁が音を立てて折れた。

アランは手を止め、折れた破片を見つめた。

「……同じ材質の木でも、支え合わなければ崩れる。」

言葉にしてみると、やけに現実の響きが重かった。

彼は静かに破片を脇に置き、深くため息をついた。

――国の模型は、思った以上に脆い。

棚の上、王都の街並みを縮尺で再現した模型が整然と並んでいる。

その中には、名だたる貴族邸のミニチュアもあった。白い壁、金の門扉、豪奢な庭園。

けれど、アランの目が止まったのは――屋根裏の小さな光。

豆粒ほどのランプが、ひとつ、またひとつと灯っている。

模型の中の“夜会”。

その光は、まるで小さな密談の火種のように、静かに瞬いていた。

アランは、ピンセットを手にしながらぼんやりと呟く。

「昼は沈黙、夜は密談。

今の王国を動かしているのは、議場ではなく……酒と絹の香りに包まれた夜会だ。」

議会では語られない取引、法の外で交わされる約束、派閥を越えて囁かれる裏契約――。

王国の“現実”が、この掌サイズの街に縮まって見える気がした。

アランはふと、ひとつの屋敷の光を見つめる。

そこには、最近よく噂に上る侯爵家の名が彫られていた。

その灯りの下で、どんな言葉が交わされているのか。

誰が、誰を売っているのか。

ピンセットを置き、アランは小さく息を吸い込む。

そして――模型の灯を、指先でふっと吹き消した。

小さな炎が揺らぎ、闇に溶ける。

部屋の中は、蝋燭の光だけが残った。

「……腐った火は、いずれ燃え広がる。」

その声は、蝋の溶ける音にかき消され、静かに夜へ沈んでいった。

窓の外――王城の高層から見下ろす夜の街。

灯が点々と連なり、風に乗って、遠くから人のざわめきが届く。

それは夜市の喧噪のようでもあり、どこか焦燥の混じった叫びのようでもあった。

アランは手を止め、耳を澄ます。

街の底を這うような低い声。

歌なのか、抗議なのか、判別できない。

だが、そのどちらにも“飢え”と“諦め”の響きがあった。

机の上の資料に目を落とす。

「徴兵逃れ」「食糧不足」「地下組織の活動再燃」。

乾いた筆跡で書かれた報告の文字が、どれも同じ色の絶望に見える。

アランは一枚を手に取り、指先で折り畳んだ。

その動作はまるで、現実を見ないようにする儀式のようだった。

「誰もが、この国のどこにも『答え』がないことに気づき始めている。」

声は小さく、しかし確かに部屋に残響した。

窓の外では、遠くの灯が一つ、また一つと消えていく。

まるで国そのものが、静かに息を潜めていくように。

アランは視線を落とし、机の上の模型――未完成の「王城地下構造」を見つめた。

外の喧噪とは対照的に、そこだけは静謐な世界。

しかし、彼の胸には、次第に不穏な予感が形を取り始めていた。

アランは静かに息を吐き、机上の模型へと視線を戻した。

蝋燭の灯が揺れ、王城の縮図の上に淡い影を落とす。

指先で、欠けた部品の位置を慎重に測り直す。

石壁の厚み、地下通路の角度、貯水路の接点――

そのどれもが、計算された構造の中で精密に組み上げられていく。

「……模型に置き換えられたら、もっと単純なのに。」

独り言のような呟きが、夜の空気に溶けた。

政治も、派閥も、民の心も。

この小さな縮図のように、論理で整理できるなら、どれほど楽か。

アランは苦笑する。

しかしその目は、冷めた諦めの色ではなかった。

まるで、模型の奥――

誰も見つけていない“解決の構図”を探し出そうとするように、

その瞳はわずかに光を帯びていた。

夜が深まり、窓の外の灯が一つ、また一つと消えていく。

その静けさの中、彼の手だけが、確かな意志をもって動き続けていた。

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