表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王国爆死録 ヴァルハイト王国 暗殺連鎖〜爆破テロ  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/75

― 技術の闇 ―

ユリウス王子の爆発から、一週間。

王都は、沈黙の仮面をかぶっていた。


街の広場には人々の行き交う姿が戻り、店の灯もともり始めている。

だが、その光はどこか冷たく、風の中には焦げた灰の匂いがまだ漂っていた。


軍部の詰所では警備命令が再三改訂され、議会の塔では「責任」の名のもとに告発と弁明が交錯する。

そして――そのすべての中心、王族の間では、目に見えぬ緊張が確実に膨らみつつあった。


「平穏」という名の表面張力が、いまにも音を立てて弾けそうだった。


王都南区、霧の残る丘の上。

かつて学者と錬金師の夢を集めた《王立魔導研究所》の塔が、黒ずんだ残骸をさらしている。


焼け焦げた壁面にまだ薄い煤の痕が残り、崩れた天窓からは曇天の光が鈍く差し込んでいた。

静寂の中、風が吹き抜けるたびに、焦げた金属片がかすかに鳴る。


「知の殿堂」は、いまや“灰の墓標”と化していた。


場面は切り替わる。


王都北区、アランの工房。

机の上には、研究所から持ち帰った焦げ跡の資料と、光を反射する魔導結晶の欠片。


窓の外には、午後の薄灰色の空。

一見、静かな王都の午後――だが、その静けさの奥底で、何かが軋み、動き始めていた。


「設計者の影」は、確実に王家の中心へと滲み寄っている。


アランは静かに椅子を引き、記録帳の表紙を開いた。

その手つきは、理性の人間のそれでありながら、どこか、迷いを隠しきれぬ震えを帯びていた。


「――この国の理性が、またひとつ崩れた。」


蝋燭の炎がわずかに揺れ、机の上の影が長く伸びていった。



火は、夜明けまで消えなかった。

その炎は、技術と理性の結晶を呑み込み、ただの“灰”に変えた。


王都南区、《王立魔導研究所》。

未明、濃い霧を切り裂くように、爆音が空を裂いた。

地を震わせる衝撃とともに、白銀の塔が炎に包まれる。


瞬く間に夜空を焦がした光柱は、魔力の奔流を孕み、まるで“理性の悲鳴”のように渦を巻いた。

やがて爆風が王都の石畳を叩き、遠くの衛兵詰所の窓を砕いた。


炎上の中心は、第三区ラボ――クロヴィス王子の私設研究室。

研究テーマは、次代の王国を担うべき《魔力制御炉》の安定化。

その実験室が、最初に、そして完全に吹き飛んでいた。


「制御炉が……暴走したのか?」

「いや、波形が……おかしい。これは内部爆発じゃない――!」


駆けつけた警備部隊が炎の中で叫ぶ。

魔導結晶が砕ける音が耳を裂き、赤と青の光が交錯する。


焼け落ちた梁の下からは、焦げた書類片が舞い上がり、夜風に散る。

どの紙片にも、残された文字はなかった。

ただ、炭と灰の匂いだけが、研究者たちの夢の跡を物語っていた。


「データ・コアも破損。……魔力反応、完全消滅。」


報告する声が震える。

解析班が拾い上げた魔導結晶の破片は、すべて“過熱崩壊”を起こしており、記録波形の読み取りは不可能だった。


その夜の終わり、王立塔の時計は四度止まり、再び動き出すことはなかった。

焦げた鉄の匂いが王都の風に混じり、朝靄とともに街を覆っていく。


「――王家の理性が、またひとつ燃え落ちた。」


炎の残滓が空を染めながら、

王国の“知”の象徴は、静かに崩れ落ちていった。



夜明けの王都は、まだ煙の匂いを抱えていた。

王立魔導研究所の跡地では、崩れた壁の隙間から魔力の残滓が青く揺らめき、焦げた鉄と薬品の臭気が漂っている。

そこに設置された臨時調査室では、報告書と焦げた証拠物が次々に積み上げられていた。


「――確認できた遺体、四名。身元不明、三。」

「だが、名簿上では、研究員が六名……足りない。」


報告を受けた軍務省の調査官が眉をひそめる。

魔力検知装置の波形は不安定に揺れ、まるで“何かを隠している”ようだった。


失踪者の名簿には、五人の名が残る。

いずれも《第三区ラボ》の主要技術班――制御炉研究の中核を担っていた人物たちだ。

そのうち一人の名に、アランは息を呑んだ。


《セリオ・カイン》

――かつて、自分が教え、導いた若き研究員。


調査報告書の束をめくると、そこに異常通信の記録が貼り付けられていた。

爆発直前、複数の暗号化魔導信が発信されている。

宛先は不明。内容も解読不能。


「軍は議会派の介入を主張しています」

「技術奪取のために内部協力者を使ったと?」


報告官の声に、室内の空気が張り詰めた。

だが、議会側の声明はまるで鏡のように反転していた。


『軍が研究の暴走を隠すため、証拠を“消した”のではないか』


双方の声明が、炎のように互いを煽る。

一枚の報告書が机に叩きつけられ、インクが飛び散る。


レオンは沈黙していた。

軍の制服の襟元を整えながら、報告書の束を見下ろす。

彼の目には、一瞬だけ迷いが過った。


「……技術は、人を守るために造られるはずだった。」

「だが、いったん兵器に変われば、それを止める理屈など、誰も持たない。」


部下の視線を受け、レオンはその言葉を飲み込む。

軍務次官としての立場が、彼に“沈黙”を強いた。


同じ頃、アランの机上では、名簿の片隅に小さく書かれた名が滲んでいた。

“セリオ・カイン”――若くして理論魔術に長け、誰よりも研究を愛した青年。


「……彼が、消えるはずがない。」


アランの声は、誰に届くこともなく沈む。

焼け焦げた書類の上で、黒い灰が静かに崩れ落ちた。


「データの裏に、何かがいる。

 誰かが、この“消失”を設計した。」


霧が再び窓の外を覆う。

見えぬ敵の影が、王都の上にゆっくりと伸び始めていた。


午前の光は鈍く、アランの私室の窓を曇らせていた。

壁に掛けられた懐中時計の針が、静かに時を刻む。

机の上には未整理の書類が散らばり、昨夜からの作業の跡がそのまま残っている。


扉が二度、控えめに叩かれた。

アランが応じる前に、扉はわずかに開き、黒い外套を羽織ったカミラが姿を見せる。

情報局の印章を隠すように胸元を閉じ、彼女は足音を立てずに入室した。


「……こんな時間に来るのは、公式な話じゃないな。」


アランの声は乾いていた。

カミラは頷き、手にしていた封筒を静かに差し出す。


「非公式ルートからの報告です。

 第三区ラボの研究データ――“一部が意図的に消去されていた”形跡がありました。」


アランの眉がわずかに動く。

封筒を開き、中の紙束を指先でめくる。

焼け焦げた記録片の複写。その隙間に、人工的な“改竄痕”が浮かび上がっていた。


「単なる爆発ではない。

 ……何者かが、結果を“導いた”んです。」


カミラの声は冷静だった。だがその瞳の奥には、揺れる確信の光があった。


「ルーク殿下の馬車事故。

 ユリウス殿下の飛行場爆発。

 そして、クロヴィス殿下の研究室――」


彼女は一枚の報告表を差し出し、指先で波形を示す。

三件の事件、それぞれの魔力波形が並ぶ。

だが次の瞬間、カミラがボタンを押すと――三つの線が重なり、ひとつの形を描いた。


「まるで、違う“筆致”で描かれた同じ絵です。

 ……これを、ひとりの“設計者”が指示しているとしたら?」


部屋に静寂が落ちる。

蝋燭の炎がわずかに揺れ、壁に影を走らせた。


アランは唇を結び、視線を落としたまま動かない。

彼の中で、理性が警鐘を鳴らす。

だが、その理性を貫こうとするほどに、胸の奥から“名前”が浮かび上がってくる。


兄弟たちの名。

血と誇りを分け合った者たち。


「……まさか、王族の中に――」


その言葉を口にした瞬間、空気が震えたように感じた。

カミラは答えず、ただ目を閉じて頷いた。


「あなたにしか、たどれない線があります。

 でも、辿る先が“血”の中にあるなら……覚悟が要る。」


彼女の声は、告発ではなく、警告だった。


アランは深く息を吸い込み、封筒を閉じる。

指先に、紙の端の冷たさが残る。


「……理性を捨てた瞬間、真実も見えなくなる。

 だが今は、それでも――目を逸らすわけにはいかない。」


窓の外では、雲が王都の空を覆い始めていた。

灰色の光が、机上の波形データを淡く照らす。


「理性の探偵」は、初めてその理性に刃を向けられた。



夜は、静かに降りていた。

王都の喧噪が遠く消え、工房の屋根を雨が叩く音だけが響いている。

油の匂いと金属の残り香が混じる室内で、アランはひとり机に向かっていた。


ランプの灯りが、小さな作業台を孤島のように照らす。

彼の指先には、細いピンセットと木製のパーツ。

それらを、まるで祈るような手つきで組み合わせていく。


机の上には、建物の断面を正確に写した図面。

組み上がりつつあるのは、クロヴィス王子が研究を行っていた――

王立魔導研究所第三区ラボの精密模型だった。


「理性は、感情の上に築かれた薄氷だ。

 そして今、その氷に、初めてひびが入った。」


声に出すでもなく、胸の内でそう呟く。

針のような集中が、わずかに震えた指先で揺らいでいる。

眠気も、空腹も、もう感覚としては遠い。

ただ“確かめたい”という執念だけが、彼を支えていた。


模型の中央部――クロヴィスの私室を模した小さな空間に、

アランは黒ずんだ結晶片をひとつ、そっと置いた。


それは、焼け跡の中から拾い上げた“ただの破片”だった。

だが、ランプの光を受けた瞬間――


青白い閃光が、模型全体を走った。


机の上の王立研究所が、ほんの一瞬、呼吸をするように脈打つ。

光の波形が、アランの記憶の中のデータと一致していく。

ルークの事故。

ユリウスの爆発。

そして、クロヴィスの死。


全てを繋ぐ“同一波形”。

誰かが――意図的に、同じ設計を繰り返している。


だが、その瞬間、アランの手が止まった。


指先のピンセットが音を立てて机に落ち、

彼の視線は模型の中央、青く明滅する結晶へと釘付けになる。


「……これを、世に出せば、王家が壊れる。」


理性が囁く。

だが、沈黙すれば真実もまた、死ぬ。


蝋燭の火がわずかに揺れ、模型の壁を照らす。

まるで小さな研究所そのものが、炎に包まれているかのように。


アランはその光を瞳に映し、ゆっくりと息を吐いた。


「誰が設計し、誰が壊した?

 ……この国は、誰の手の中にある?」


言葉は炎に吸い込まれるように消えていく。

ランプの灯が一度だけ明滅し、再び静寂が戻る。


机の上には、まだ温もりを帯びた小さな模型。

その中心にある結晶だけが、かすかに脈動を続けていた。


夜は、とうに更けていた。

工房のランプは、燃え尽きかけた命のように淡く瞬く。

机の上の模型――わずか前まで青白い魔力の光を放っていたそれは、

今は沈黙を取り戻し、ただ無機質な影を落としている。


焦げた結晶片が、冷たく光を失っていく。

木片と金属片が組み上げられた小さな研究所は、

まるで“理性”そのものの墓標のようだった。


「技術は、理性の象徴である。

 だが、その理性さえも、人の“意図”に従う。

 ――それを操る者を、人はまだ知らない。」


アランの胸の奥で、その言葉が形を持たずに響く。

指先に残る魔力の微熱が、彼に問いを突きつけていた。


“設計”とは何だ。

“意図”とは誰のものだ。


理性は、常に誰かの手の中で形を変える。

そしていま、王国の理性そのものが、見えぬ設計図の上で歪み始めている。


ランプの火が小さく爆ぜ、

模型の光がふっと消えた。


暗闇の中、窓のガラスにアランの影が映る。

その背後――

一瞬だけ、別の影が重なった。


誰もいないはずの工房で、

空気がひときわ重く沈む。


外の通りでは風が止み、

世界そのものが息を潜めたように静まり返る。


そして――


蝋燭の炎が、最後の火花を散らして消える。

暗転。


漆黒の画面に、白い文字が浮かび上がる。


《G:設計者の輪郭》


──闇の中で、見えない手が再び線を描き始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ